2009年04月19日

REPORT 58 超商人宣言

 古くは中国大陸、殷の時代より「商」という概念があったそうです。
 その時代にあった「商」という国が始めたので「商」、あるいは「商人」という言葉ができたらしい。貨幣経済がこれよりはじまったと考えていいでしょう。それまでは狩猟か、採取か、物々交換でことが済んでいたのです。
 たしかに、「言葉」というもの、そして「火」というものが、人間の進化を語る上で欠かせない事柄でしょうが、人間の文化を爆発的に発展させたのは、貨幣経済、すなわち「商」の概念に他なりません。
 もしかして、「商」と聞いて、あまりいいイメージを抱かない日本人が多くいるかも知れません。それはおそらく歴史教育の中で、江戸時代の「士農工商」という身分制度のことを小学生より教えられてきたからでしょう。けれども、戦後の日本を牽引してきたのは、間違いなく「商人」です。本田宗一郎も井深大も、松下幸之助も、「商人」なのです。
 会社法の5条にもこうあります。
 
(商行為)
第5条 会社がその事業としてする行為及びその事業のためにする行為は、商行為とする。
 
 また商法にはこうあります。
 
(定義)
第4条1項 この法律において「商人」とは、自己の名をもって商行為をすることを業とする者をいう。
 
 そして、会社はいつから「商人」となるのかという問題に対して、会社法はこう明確に答えます。
 
(株式会社の成立)
第49条 株式会社は、その本店の所在地において設立の登記をすることによって成立する。
 
 つまり、トヨタであれソニーであれホンダであれパナソニックであれ、その他多くの大会社であっても、株式会社であるから、その法人は「商人」であり、代表取締役(社長)とは、その意味でれっきとした「商人」のボスということになります。これが僕が戦後の日本は商人が作ってきたといった所以です。
 なぜ、僕が今このことにこだわり、ここに書いているのか。
 それは僕がどうも「商人」という立場を受け入れ切れていないからです。
 金を稼ぐことは汚いことだ、商人とは卑しい身分のものだ、金より大切なことがある、そういった考え方が頭から離れません。無論、それは青臭い書生論であり、卑屈な偏見です。けれども、この考えが、僕の動きにブレーキをかけてしまっている。
 なぜだろうか、と考えました。なぜこの期に及んで、こんな考え方が浮かんでくるのかと。
 ふと、思い当たることがありました。これ、なんのことはありません。「いいわけ」なんです。
 僕は株式会社東京プライズエージェンシーという小さな船を造りました。そして、目の前には嵐で大荒れとなった大海原が広がっています。まさにこの海に漕ぎ出そうとしている今、僕はおそらく躊躇しているのだと思います。それだから、そんな「いいわけ」が頭を過ぎるのです。
 そもそも僕は「商人」になりたくはないために、自由な「芸術」を志したのではないか、とか。精神的には武士の系譜を受け継いでいるのだとか。夢を追う人々を助けるには自ら「サムライ」にならなければならないとか。
 じつに最もらしい「いいわけ」です。ですが、明らかに時代錯誤の考え方であり、思考硬直が起きているとしか言いようがない。
 現代日本では「商人」の中にこそ、本物の「サムライ」がいるのです。先ほど上げた方々もそうです。そして、何かのために金を稼ぐと言うことは、何も悪いことではない。人に必要とされ、その対価として金を得ることは少しも卑しいことではない。正しい手段で、正しい商行為をし、人に必要とされるとなれば、それはまさしく正義です。
 そんな単純なことを、大海原を前にした僕は、しばし見失っていたようです。
 大いに稼いでいい。ただし、汚い金は1円たりとも稼がない。
 この信念さえ忘れなければ、きっと会社が大きくなっても揺るがないでしょう。
 さて、僕は大いに稼いでやろうと思っています。何も恐れることなく、とことんまでやってやろうと思っております。
「あいつは根っからの商人だな」
 と周囲が舌を巻くほどに、徹底的に稼いでやろうと思っています。
 さもなくば、理想は単に絵に描いた餅になってしまう。
 安定した財務基盤あってこその理想です。僕は多くの人の夢を支えると決めました。そのためには支える僕自身が大きくなければなりません。
 考えてみれば自明のことですね。
 と、いうことで、ここで「超商人宣言」でございます。
 僕は商人としてとことんやってやります。
 こう書いてしまうと、これを読んでいる皆さんの中で、もしかして内心冷や汗をかいている方もおられるかも知れません(笑)。
 その予感はきっと正解です。これから、様々、面倒なお願いにあがることになると思います。その際、皆さんは「しっかし、おまえには参ったな」と苦笑し、辟易するかも知れません。
 しかし、僕はそのとき平然と笑ってこう言うことでしょう。
「ええ、商人ですからね」と。
 
 インターネット設備の構築と平行して。本格的な営業を間もなく始めるつもりです。
 その中で、皆さんのお世話になることも多々あるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
 僕は間違ったことは絶対にやりません。人をだますこともありません。誠心誠意、本当に自分がいいと思うサービスを提供いたします。
 そう皆様にお約束いたします。
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2009年04月17日

REPORT 57 その日、その時、その瞬間が歴史となる

 相変わらず慌ただしく、また充実した日々を送っております。
 これも応援して下さるみなさま、友人達のおかげだと思っております。
 何度かの失敗を繰り返し、名刺も完成しましたし、無事に三井住友銀行さんの審査も通り、法人口座も開設できました。
 今はインターネット環境の整備に全力を尽くしております。間もなく、リニューアルされたホームページが完成致しますので、ご覧になってください。でき次第、ここで告知致します。それで東京プライズエージェンシーが何をやる会社なのか、わかっていただけることかと思われます。
 あれ、まだ準備委員会のままだぞ。リンクがあかないぞ。
 と、心配いただいた皆様、ありがとうございます。特に電話までいただいた宮城TスポーツTさん、これからもどうぞお見守り下さいませ。また、気付いたことがあればどんどん電話でもメールでもいただければとおもっております。本当は四月頭にホームページのリニューアルも終わらせる予定でしたが、なにぶん忙しすぎて、計画通りとは参りませんでした。ま、もう少し、お待ち下さい。
 また、メールマガジンも5月頭に発行致しますのでお楽しみに。それについても、ここで告知致します。
 パンフレットの方は結構な仕上がりになるのではないかと今から期待をしております。
 担当していただいている印刷会社の方も、実に丁寧な方で、素人の僕に対して細かいところまでやり方を教えていただき、本当に助かっております。しかも、あんな低料金なのにと、申し訳なく思いました。また大変勉強になりました。今度からは一発で完全データを送れるようにしたいと思います。
 こうして、忙しくしている日々。この一日一日が、あるいはその時の瞬間的なひらめきが、将来振り返ったときにもしかして自分の歴史の重要な一部となっているのかも知れません。歴史とはとどのつまり、意図しない瞬間の連続によって構成されているものなのだと思います。
 いつの日か、あの日の頑張りがこうして今につながっているんだな、と振り返るときが来ればと願っております。
 
 
 Mさんの昨日の突然の来訪、本当に楽しかったです(笑)。ティラミスまで差し入れしていただいて、恐縮です。悩んでいると言いながらも、いつもきらきらしている君を見ていると、こちらまでやる気が出ます。主演した映画のDVDが出るのが楽しみです。ツタヤにも並ぶそうなので、ここで告知してみなさんにも見てもらいましょう。とくに、ラストシーンを(笑)。 
 M出版のMさんとデザイナーのNさんとは明日から簿記の講座で一緒ですね。本当に楽しみですねー、学校。ちょうど設立時の帳簿の付け方についてわからないところが多くありますから、先生に質問しまくる予定です(笑)。ヤマダ電機さんで電卓も買って参りました。

 
 まったく、関係ございませんが、昨日のドラマ、ボス、面白かったです。とくに戸田恵梨香がよかった(笑)。今回のあの雰囲気にはやられます。
 
 あと、最後にお知らせです。
 前の職場の仲間が書いた書評が、読売新聞さんのホームページにのりました。ぜひ、ご覧下さい。

 Sさん、連絡のコメント、ありがとうございました。
 
 http://blogs.yomiuri.co.jp/book/2009/04/post-4670.html

 
 
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2009年04月15日

REPORT 56 今、日本で最もかっこいい男

 その人はすでに2007年5月時点で、今の大不況が起きることを、著書の『21世紀の資本論』の中で極めて論理的に展開しておりました。
 その人の名を、原丈人(はらじょうじ)と言います。
 今は知る人ぞ知る、ですが数年後には誰もが知るようになる、日本が誇る最高峰の知能です。
 もし、彼が小泉政権における竹中平蔵のような立場で、政治の中枢に起用されることがあれば、日本は必ず活力を取り戻し、アメリカ型の資本主義が事実上崩壊してしまった現代において、日本は新たなる資本主義の牽引役となることができるでしょう。逆をいえば、アメリカはすでに牽引する資格を失っていると言ってもいい。なぜなら、道義的な意味でそういっているのではなく現実的な意味で、アメリカの経済体制が遅れているからです。「株主のための会社」という元来までの発想が通用する時代ではない。これからは「社会のための会社」という発想が世界をリードするようになる、あるいは、リードしなければならないのです。
 それこそが、まさに原丈人が提唱する、「公益資本主義」という発想です。
 彼は週刊ダイヤモンドの4月11日号でこう述べています。

「会社とは経営者、従業員、株主、仕入れ先、顧客、地域社会、さらに地域環境まで含めたステークホルダーすべてのものであり、事業を通じてカネを稼ぎ、そのカネを使ってなんらかのかたちで公益に貢献する。それが私の考える新しい資本主義の姿だ」
 僕はこの考え方に全面的に賛同いたします。
 これこそがまさに僕が思い描いていた会社であり、社会であるのです。
 繰り返しますが、原丈人というひとは、この論旨をすでに2007年の時点で展開し、M&Aを繰り返し、起業の体力を弱体化させる、マネーゲーム主体の、アメリカが主導する現在の資本主義を否定しておりました。今でこそ、経済危機がなんたらとか、アメリカ資本主義の終演がなんたらとかという本が書店に並んでおりますが、はっきり申し上げまして、その中で読むべき本は一冊もございません。なぜなら、それは単に「後出しジャンケン」的な本に過ぎないからです。今の大不況がなぜ引き起こされたかを知りたければ、原丈人の『21世紀の国富論』を読めば済みます。
 彼はその本の中で、近年、はやりのように大企業のエリート社員がこぞって取ったMBA(経営学修士)の資格と、それを武器としている経営者が如何に社会のためにならないかを説きます。それは「株主のための会社」という立場からの経営学だからです。それでは会社が弱体化し、ひいては社会まで弱体し、一時期の村上ファンドやライブドア、それに類する一部のM&Aや売り抜けを主体とする株主だけが儲かるという、恐ろしいと同時に実に滑稽な状況にしかならないのです。
 では、どうすればいいのか。
 原丈人がいうところの「ステークホルダー」とは「企業に対して利害関係を持つ人」という意味で、彼の言葉の中にもあるように、それには、株主・社員・顧客だけでなく、地域社会までも含まれます。この全体の利益を考えていこうというのが彼の考え方です。つまり、株主だけでなく、会社は経営者のものであり、社員のものであり、また社会のものであるということです。逆説的に言えば、社会に求められる会社こそがこれからの時代必要となるということであり、そういった会社しか、おそらく生き残ることができない社会となるでしょう。
 それはコンプライアンスなどという、形式的な話ではなく、もっと高踏的な会社の理念の話です。明確な理念のある会社においては、言うまでもなくにコンプライアンスは問題になり得ません。法を守ることが至極当然であるからです。
 ここで留意しなければならないことは、まっとうな理念を掲げ、社会のためになる会社は、現存する通常の会社よりも「強く」なければならないということです。残念ながら、強者でなければ理念を実現できないのが社会の現実であります。当然、会社が強くなるためには経営者が個人としても強くならねばならない。それは決して忘れてはならないことだと思います。
 原丈人。

 繰り返し述べて参りましたので、名前は覚えていただいたかと思います。彼が今流行っている『三国志』に出てくる諸葛孔明のように「三顧の礼」でもって政界の中枢へと迎え入れらることがあれば、日本は間違いなく良い方向へと進んでいくこととなるでしょう。
 ただ、問題は今の日本の政治家に、彼を起用する勇気と先見性をもっている人が皆無であるということです。残念ながら劉備はおりません。

 彼のことをさらに知りたい方は、『21世紀の国富論』を読むことをおすすめいたします。
 *一応、一番下にアマゾンへのリンクを貼っておきます。
 
 
 
 昨夜は僕の親友である美容師のOさんが美容師のお友達を二人連れてきてくれました。
 Oさんが事前に太鼓判を押していたように、KさんもYくんも実にいい人で、本当に楽しかったです。Kさんが言っていたように、まるで合宿場のようになっていましたね(笑)。朝起きてから、Yくんとは将来について話すことができたので、とても有意義でした。代官山の美容院Bの話、とても興味深く聞きました。有名建築家であるフランク・ロイド・ライトと谷崎潤一郎という研究対象の組み合わせは、勉強会としては実に粋ですね。できれば僕も参加したかったくらいです(笑)。そうやって、一つのジャンルにとらわれずに勉強する人が、おそらくその業界のトップに君臨するのでしょう。それはきっと美容師に限ったことではない。勉強熱心で、僕などの話でもメモを取りながら真剣に話を聞くY君の姿に、可能性を感じました。また、いつでもお越し下さい。
 また、Kさんは本当にかわいらしい人でしたね。くうの映画を観て、泣いている姿をみて、本当に素直な人なんだなと思いました。
 Oさんは実にいい仲間を持ったようです。みなさん、遠慮なくまたどうぞ。

 

 それとNさん、このまえの君とのメールのやり取りで、やはりやる気になりました。僕は実に単純ですから(笑)。光麺、本当に近いうちに行きましょう!就職活動、大変でしょうけど、頑張って下さい。忙しくて、これを読む暇もないでしょうけれども、一応書いておきます。
 
 



 

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2009年04月12日

REPORT 55 たまには恋愛について

  昨日か一昨日のこと、スタバかヴェローチェかカーサか、それに類するどこかの喫茶店でのことです。
 記憶が曖昧なのは、喫茶店に入ってしまえば昔から周りがほとんど見えなくなるほどに仕事に集中してしまうからです。とにかく、ふと顔を上げると、周りの空間が滲みぼけるほどの美女がおりました。
 お、きれい、と普通に思います。ま、だからどうこうという話ではないのです、知らない人ですから(笑)。
 とにかく、今日の主人公は彼女ではありませんし、僕でもありません。
 その美女の目の前に座る、彼についてでございます。
 これが、こう言ってしまっていいのか戸惑うところですが、間違ってもかっこよくなかったのであります。あまりの「美度」のギャップに友達かな、と思ったのですが、話しぶりをみると、どうも恋人同士の様。
 ということは、姿形でははかり知れない何かを彼はもっているということか?
 自然、その彼を見る目が変わってしまいます。そうです、男にとって一緒に女性というものは残念ながらその男の力をはかる、わかりやすい尺度ともなり得るのです。 あれだけの美人に惚れられているのだから、もしかして、相当に頭がよくて、仕事ができるのかも、とか。めちゃくちゃ運動神経がいいのかも、とか。金持ちなのかも、とか。器が大きい男なのか、とか。
 でも、そういった目でみても、どうもピンと来ません。最近、なぜか「威力」のある男を見分けることができるようになってきた僕の目が、まるで反応しないわけです。たとえばそれは漫画のドラゴンボールに出てきたスカウターのようなもので、強い男は強い数字で見えるというようなことです。
 僕の内蔵スカウターにおける彼の戦闘力は3か4。こう言っては実に失礼な話ですが、敵であれば取るに足らないレベルです。何せ、彼女の美度は同じ尺度で測れば軽く100を超えているレベルのなのですから。
 どういうことだろうか、と僕はペンを止めて、冷めたコーヒーをすすって考えます。
 そうか、そういうことか、と一つ思い当たることがございました。
 ポジショニングだな、と。
 昔、サッカーの日本代表に武田選手という人がおりました。今は日本テレビなどで解説しているので、知っている人は知っているでしょう。三浦カズやラモスとともに黄金時代の読売ヴェルディーを盛り上げた人です。
 これは僕の偏見かも知れませんが、その武田選手というのは、別段他の選手より足がとてつもなく速かった訳でもなく、シュート力があったわけでも、背が高かった訳でもございません。でも、日本代表であり、黄金時代のヴェルディーのスター選手だった。彼が優れていたのは、ポジショニングだったのです。ゴール前にいて、他の選手が強烈に放ったシュートのこぼれ球をごっつぁんゴールする。ロングシュートでも、ごっつぁんゴールでも、とにかく1点は1点の世界です。運がいいと言えばそれまでのこと。でも、武田選手というのはどうもそのポジションにを”戦略的”にやっていたように見えました。よりボールがこぼれてきそうな場所をキープする。それが誰よりも優れていたのではないでしょうか。
 話はもどって美女の前に座る彼。
 つまり、彼も抜群のポジショニングをしていたのではないかと思うのです。
 恋愛におけるいいポジショニングにも2種類あると思われます。
 たとえば女性の多い職場にいたとか、吹奏楽とか女性の多いサークルに入っているとか、本当にいい場所をキープするという、文字通りのポジショニングがいい男。
 もう一つはたとえば、本命のバリバリに男らしい彼に片思いする女性の相談を親身に乗って、「その時」を待つような、精神的な意味でポジショニングがいい男。さっきの例で言えばこれはちょうどロングシュートのこぼれ球を狙う、武田選手の位置です。
 ま、どちらにせよ、何か面白くないわけです。ずるいというか、釈然としない(笑)。
 目指すはやはり、前に飲んだときにN大学のS教授が言っていたスタイルだな、と改めて思うわけです。
「女、女って、自分から女の方に行けば絶対にいいことはない。だめだって。自分の道をしっかりと見定め、全力で何かを目指している男の後ろ姿に女はついてくるんだよ。そうやってついてきた女っていうのは、本当にいい女なんだ」
 思い出してここに書いてみると、あ、たしかにと改めて思うわけです。
 
 ま、それぞれの恋愛スタイルというものがあると思います。
 そんなことを思ったのでした。
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2009年04月10日

REPORT 54 フルスロットル

 キュイーン、と脳が鳴るくらい調子がいい日がございます。
 僕はそれを勝手に昔から「モード」と名付けております。
 こんな使い方をします。
「間違いない、今日、モードだな」
 また、誰かに遊びに誘われたとしてもこう答えます。
「無理。今日、モードだから」
 おそらく、プロのスポーツ選手が使う「ゾーン」という言葉と同じような意味です。
 何を言いたいのか。
 今日はまさにそのモードだったのでございます。
 
 改めて振り返ってみると、ぞっとするような労働量でした。
 朝はいつものようにガストで新聞読んで(六月末まで読売がただでもらえます)、ひとりで戦略会議をやって、まずは法務局に向かいました。法務局の商業登記のコーナーで、担当の方にたずねます。
「4月1日に登記申請して、今日が登記完了予定日なんですが、どうなってますでしょうか?」
 と、申しますのも、法務局から補正のための電話が一度もなかったからです。普通なら、補正のために何度か電話があるということでした。
「会社の名前を教えてもらえますか?」
 そう言われたので、ちょっと戸惑いながら答えます。なぜなら、登記の完了を知らないそのとき現在の時点では、まだ「会社ごっこ」的な感覚が抜けていなかったからです。
「株式会社東京プライズエージェンシー、です」
 担当の方は資料をぺらぺらとめくって調べてくれました。
 若干の緊張がございました。まるで、合格発表のような。
「あ、終わってますね。滞りなく登記は完了致しました」
 笑顔で担当の方が答えてくれますが、いまいち、信じられませんでした。
「ほんとですか?」
「ええ、ほんとです」
 と、担当の方がその資料をみせてくれます。
 確かに、こうありました。
「設立日4月1日 株式会社東京プライズエージェンシー 登記完了 No*****」
 よかったー。
 これで晴れてお上に営業を認めてもらえたのでした。これで、もう「設立準備委員会」ではないし、「会社ごっこ」でもない。株式会社の誕生であります!!
 いやー、よかった。
 現物出資など、普通とは違った手続きもあったのに、ゼロ補正でいけたのは、事前に指導してくださった法務局の方のおかげでございます。二度も見ていただいて、本当に助かりました。現物出資のおかげで、資本金についても格好がつきました。
 すぐに隣の部屋で、「現在事項全部証明書」という登記証明書をとってみると、確かにしっかりと証明書が交付されました。
「株式会社東京プライズエージェンシー 代表取締役 ****」
 これはもう、やる気が出るというもの。
 やるぞ!ということで、今日はフルスロットルでございました。
 その足で、豊島税務署に行って、会社設立のための届出書一式をもらい、説明を受け、三井住友銀行にいって、株式会社名義での口座開設を申請して参りました。
 実績のない会社を、三井住友銀行さんなどという大手が相手にしてくれるのだろうかという心配も以前はありましたが、今日の僕はフルスロットルですから、怖い者なしです。
「法人用の口座を作りたいのですが」
 と言うと、案内の方に一般窓口(1階)とは別の、法人窓口(2F)に連れて行かれ、若いお姉さんではなく、結構偉そうな方に取り次がれました。審査があるということでした。
 その担当の方は僕が出した「全部事項証明書」を見ながら言います。
「さまざま事業目的が書いてありますが、特にどういったことをなされるのですか?」
 また来ました。法務局の方々すらをも悩ませた、事業目的でありますから、銀行の方が疑問に思われるのももっともな話です。事業目的には「広告代理業」「インターネット関連事業」「映像編集」「タレントの育成、斡旋」「イベントの企画・運営・開催」などと並んでおります。
 あれ、まてよ、と僕は若干焦ります。
 これって、一歩間違えば、いかがわしい業種に思われるんじゃないか。
 その上、ネクタイをしているとはいえ、帽子をかぶり、ひげをはやし、最近会う人にはそろって「あやしい」と言われる僕の最近の風貌です。ひどいときには「麻薬の売人」なんて言われますが、たしかに、と自分でもそう思います。
 もし、僕が目の前にいる担当の方の立場だったら……。
 ぜったいに、審査を通しません(笑)。
 さらに申請用紙をよくみてみると、「マネーロンダリングを防ぐために、審査を強化しております」の文字。
 あ、無理だ、おれの見た目、この証明書、マネーロンダリングする人の見本みたいだ。
 万事休すだな、これは、信用金庫にしておくか。
 などと内心開き直りながら、とりあえず、説明だけはしておきます。
「それは、ですね、こういったことでして」
 話してみると、不思議と止まりません。今からやることについて、何度も何度も本当に多くの人に説明してきたので、いわば僕は僕の会社の事業を語るプロです。よくもまあそう蕩々と話せるものだと、自分でも客観的に引くくらいに熱く語ります。で、最近作成したパンフレットの表紙をもっていることを思い出し、それを取り出して説明に拍車をかけます。パンフレットを出すと、担当の方の目の色がかわります。
 どうやら、その紙の下の方が気になる様子。そこにはこう書いてあります。
「協力 東京行政書士会所属****行政書士事務所」
 まだ、行政書士事務所としての営業許可がでるのはまだ一ヶ月先なので、開業予定です、このパンフレットは試作品です、とそこは正直に答えます。
「結構です。これ、コピーしてもいいですか」
 と、急に風向きが変わったのであります。やはり、国家資格。威力あるな、と改めて感心致しました。
 それとデザイン力だな、と思いました。そのパンフの試作品、結構いい感じで仕上がっているのです。一流の企業にも、下手したら劣らないくらいに。
 世の中、結局は肩書きと見た目なのでございます。
 審査結果は来週の半ばということでしたので、今日はそれで三井住友銀行さんを後にして、今度は会社設立の申請書をもらうために都税事務所という所に参りました。ホームページからもダウンロードできるのですが、ここにある申請書は複写式になっていて、ダウンロード版を使うよりもはるかに便利なのです。ま、近いですし。そして、西武のCASAで、パンフレットの中身について、二時間ほどノートに書き込み、その足でジュンク堂にいって、参考にしようとさまざまなパンフレットをごっそりもらってきました。あそこの一階には資格予備校やカルチャースクールのパンフレットがたくさんあるのです。そして、社会保険事務所に行き、これまた会社設立のための申請書一式をいただき、ヤマダ電機にいって必要ソフトについて店員さんに相談し、でも今日は買わず、ようやくオフィス兼住居に帰ってきました。気付けば、昼飯を食うのを忘れておりました。その時、もう夕方の五時半でした。目の前のセブンイレブンで、そばを買ってきてすすり、遅いが二十分ほど昼寝して、実家に電話して、今度はまたノートを片手に、パンフレットのデザインを決めに、喫茶店ヴェローチェに向かいました。そこで、うんうんうなりながら案をまとめると、気付けば十時を過ぎておりました。
 さすが、「モード」。疲れ知らずでございます。むしろ、楽しい。
 これから、明日都税事務所に提出する書類をまとめてから、寝ます。
 明日は六時半起床で、パソコンを使って、本格的にパンフレットとポスターのデザイン開始です。
 明日もまたフルスロットルでいくぞ、と心に誓いつつ、やばい、寝なきゃな、と思っている次第でございます。
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2009年04月06日

REPORT 53 空気を読む

 空気を読むことに命をかけているような人がいます。
 なんと窮屈なことでしょうか。
 そういう人に限って、空気を読まない人を激しく糾弾します。強制的にのけ者にしようとしたりします。
 彼らは空気を読める者同士が肩を寄せ合い、「常識」という曖昧な概念に、彼らなりのテリトリーをもうけます。つまり、ここからここまでが常識ね、この場のくうきね、言わなくてもわかるよね、と。
 それで、そこから逸脱した人が気にくわないのです。あるいは、何も知らずに彼らが引いたラインから出てしまった人が出るのをじっと待っているのです。出てしまうと、待っていましたとばかりに、こけにします。こうして自分たちのテリトリーを死守しているのです。
 なんと、悲しいことでしょうか。なんと、弱いことでしょうか。
 たとえば、空気を読まない人がいたとして、その人を空気を読む人々がいつものように糾弾したとします。
「おまえ、空気読めよ」と笑って。
 普通なら、糾弾された方はしまったと思い、意味もなく恥ずかしい思いをするはずなのですが、たまに平然と冷たい目で見返されることがあります。
「空気、なにそれ?」
 思わぬ出来事に、空気を読むボスは焦ります。元々、空気なんて実体がないのです。真を衝かれて戸惑うわけです。そういうとき、空気を読む軍団のボスは、空気を読む仲間達に懸命に視線を送って、助けを求めてます。
「な? 空気を読まないとな? な?」
 ボスの余裕の笑みは苦笑いとなって、かろうじて賛同している空気を読む軍団の笑みも苦々しくなる。
だからさ、と空気を読めなかった人がめんどくさそうに言います。
「空気ってなんだって、おまえに聞いているんだよ」
 他の軍団には目もくれず、ボスの前に仁王立ちになり、ボスの目だけを見て、その人は言うのです。
 こうなれば、空気を読む軍団のボスは目を見開き、無言でその人を見上げるしかありません。
 つまり、空気の形成とは弱い者が連合して自分を守るためのバリアに過ぎないのです。
 本当の強者が現れると、その空気に実体がないことが明らかにされてしまう。
 
 無論、社会を生きていくには空気を読まなければならない場面に多く遭遇します。読まなければならないというより、それはきっと読んだ方が便利な局面ということでしょうけれども。
 一方で、我々起業家、または夢を追う者は、空気があるのを知りつつ、あえてその空気を破らなければならない局面に出くわします。その空気を破らなければ先に進めないという局面に遭遇する場合があるのです。
 そのとき、空気を鼻で笑える強さがなければならない。難しいことですが、その強さというものは、決してはったりであってはならないのです。明確な先見性から、その空気なる物の無意味さを的確に指摘できる目が必要となります。
 前に言った、「その人にしか見えない地平」があってこそ、現在の無意味な空気を鼻で笑うことができるのです。
 おそらく、今は伝説となっている多くの人たちは、その当時にしてみれば異端児だったでしょう。ただし、彼ら本人は自分を異端児だとは思っていなかったはずです。彼らには明確に正しい未来が見えていたからです。けれども、他にいってもわからないだろうから、彼らはあえて反論せずに、「空気が読めない」ままでいたはずです。そして、単にその現状を鼻で笑うのです。これが空気の読める人にとっては恐ろしかったに違いありません。
 異端児にしか、世の中は切り開けません。
 ただし、異端児は自分が異端児であることを客観的に認識している必要がある。
 そこが、単なる迷惑者との大きな違いです。
 
 その笑い、本当に面白くて笑っているのでしょうか。
 その場の空気によって、無理に笑わせられているのではないでしょうか。
 頬は引きつっていませんか。
 家に帰ってどっとつかれたりしませんか。
 
 そういった観点で空気を読んでみると、多くの空気が実にくだらないことだとわかるはずです。
 そのときは鼻で笑ってやりましょう。上司だって、先輩だって関係ない。得意先だって関係ない。
 ふっ、と鼻で笑ってやりましょう。 
 
 そんなことを思ったのでした。
 
 
 
 
 一昨日、来ていただいたM出版社のMさんとデザイナーのNさん、ありがとうございました。
 簿記講座、本当に楽しみですね。三十を超えてから学校に通うのは実に面白いことです。一緒に頑張りましょう!
 昨日は女優志望のMさんと飛び入りでP社のI君が来てくれました。のんびり過ごせて、楽しかったですね。また、I君、献本いただきまして本当にありがとうございます。さっそく、ちょっとずつ読ませていただいております。意外だった点が多々ありますので、今度会ったときにそれについてお話しましょう。
 
 故郷、宮城の方からは続々と原稿が集まっております。
 ご協力いただいている皆さん、本当にありがとうございます。思った以上にいい物ができそうな予感がしております。なんとか本編をうまく完成させて、編集も終わらせ、皆さんにお送りできればと思っております。これからさらにお願いすることもあるでしょうが、どうか、よろしくお願い致します。
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2009年04月05日

REPORT 52 僕は勉強が好きです

 僕は勉強が好きです。
 こう書くと、あるいは違和感を覚える方もいるかも知れません。いや、多くの方がそうでしょう。
 勉強をするということはイコール、ガリ勉であり、イコールかっこわるいというイメージ、またはずるいというイメージがあるはずです。勉強すること、イコール、マイナスのイメージ。
 何もこれは僕が育った田舎だけに限ったことではないでしょう。そういった風潮がどこにでもあったはずです。勉強することは何となく格好が悪いというイメージ。
 僕はこれが決定的におかしいと思うのです。
 学生時代は成績のための勉強だったので、たしかにつまらないと思いますし、成果を示すのが点数だけではやる気もおきないでしょう。けれども大人になってからの勉強というものはこれとは大きく違っています。勉強することは自分のためになるだけでなく、また経済面において家族のためになるだけでなく、ひいては社会のためになるのです。
 たとえば医者を思い浮かべてみればいい。彼らが勉強し、病気の原因を解明し、あるいは新たなる手術方法を編み出すことによって、多くの人の命が救われることになる。
 また政治家が、国民や市民のことを想い、勉強に励めば、有効な施策につながり、人のためになる。
 無論、医者や政治家とは単なる例示であり、個人はプロとしてそれぞれ仕事を持っていて、それぞれの分野で勉強をすれば、かならず社会のためになるのです。これ以上にかっこいいことってあるでしょうか。
 それに与えられてやるのではなく、自ら好きでやる勉強とは実に楽しいものです。新しい何かを覚え、実際に使う快楽というのは何ものにも変えられません。活動的になった脳は爽快となり、ストレスも薄れてしまう。しかも、勉強は収入にもつながり、経済的な豊かさも引き寄せられる。
 なぜ、みんな勉強しないのでしょうか? なぜ勉強が嫌いなのでしょうか?
 いいえ、実は成功する一部の人は違うのです。すでに当然のように勉強しているのです。学校を出てからの方が彼らはよく勉強している。しかも効率的に勉強している。彼らには、勉強することは成功する上で当たり前のことで、それなくしては何もはじまらないことを熟知しているのです。毎日勉強の時間を設け、しかもそれを効率的にこなしている一部の人たちが、成功と富を独占していると言っても過言ではありません。成功しているのに、勉強していると見えない人もいますが、それは単に隠れてやっているだけのこと。何事も勉強なくして成功なし。
 僕は勉強が好きです。
 やはり、そう堂々と言える人はかっこいいのだと思います。
 たとえば喫茶店などで勉強を馬鹿にする人に遭遇したら、彼らは一瞥だけして鼻で笑うことでしょう。何もわかっていない、と。
 
 試しに声に出して言ってみてください。できるだけ、さわやかに言ってみてください。
 
 僕は勉強が好きです。
 私は勉強が好きです。
 おれ、勉強、好きなんだよね。
 あたし、勉強すきー。
 
 結構、悪くないでしょ?
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2009年04月02日

REPORT 51 引きつけて撃つ

 幼いときから、僕は戦争映画が好きでした。
 洋の東西問わず、時代を問わず、男が命を賭して戦っている姿を見るのが好きなのであります。戦争の善し悪しは別として。
 戦争映画では、こんなシーンがよく見られます。
 たとえば、戦国時代。
 夜が明けて間もなく、若干の霧が立ちこめる中、柵の後ろで火縄銃を構えて敵を待つ鉄砲隊の一団があるとします。彼方で鬨の声が上がり、男達の声とともに、騎馬隊の馬が大地を踏みしめる音が怒濤のように鉄砲隊に迫ります。やがて、槍を掲げ突き進む、その躍動する勇姿が見えてくる。逸る鉄砲隊は、迫り来る恐怖に耐えきれずに、いち早く発砲しようとします。ですが、鉄砲隊の指揮官が彼らを制止します。
「まだ、まだ。まだ撃つな」
 騎馬隊の足音はもう身を震わせるほどになり、敵の雄叫びも近くなる。けれども、指揮官は発射命令を下しません。
「まだだ、まだまだ。もっと、引きつけろ」
 騎馬隊が柵に迫り来て、敵の顔まで認識できるようになって、初めて指揮官は采配を振るいます。
「撃て!!」
 轟音とともに、一斉に火縄銃は火を噴く。恐怖を極限まで我慢したあとの、一斉射撃。
 敵騎馬隊はばたばたと倒れ、一気に士気を失います。
 鉄砲隊は相手が隊列を整える前に、第二波の準備を完了させ、また引きつけての斉射。
 あとはこれを繰り返せば勝利は見方に転がり込んでくる。
 
 重要なのは、第一波の攻撃をいかに極限まで耐えることができるかということです。恐怖に逸る気持ちを抑え、もっとも効果的な時にもっとも効果的な攻撃を仕掛ける。
 これは何も戦争に限ったことではありません。我々起業家についても同じことが言えるのではないでしょうか。
 起業とは恐怖との戦いです。まず、第一に本当に収入が得られるかどうかという恐怖がまるで騎馬隊のように迫り来ます。夜寝ようとしても、その怒濤のような足音と雄叫びが耳の奥でなって眠ることができないという人もおられるかも知れません。たしかに資金ショートという敵が自分の陣内を蹂躙すれば、その戦いは負けとなる。
 けれどもやはり、怖いからと言って闇雲に、単発的に攻撃を仕掛ければいいというものではありません。俯瞰的な見地なき拙速な攻撃は、決して大きな成果を上げることができません。恐怖に苛まれるときこそ、冷静沈着に、戦略的に行動しなければならない。
 つまり、中長期的な展望から、逆算して今なすべきことを確実にやる必要があるということです。何度も言っていますが、やるべきことをやるべきように。たとえば広告費の投入や、販売促進ツールの展開は、準備が整ってからでないと効果が得られません。しかも単発的に仕掛ければ、戦術でいうところの各個撃破の対象となる。必要なのは、兵力の集中と局地への投入。コストパフォーマンス的な見地から言っても、その方法がもっとも効率的手段となります。
 ここで重要となってくるのは、自らの一斉射撃に絶対の自信を持つと言うこと。残念ながら、この自信というものは、一朝一夕に形作られるものではありません。戦場で部隊を展開している時点では、すでにそこの面の勝負はついている。つまり、戦場に来る以前に事前にどれだけ準備できたかということが、自信に直結します。ぎりぎりまで引きつけて撃てる忍耐力につながります。その意味で、戦場に到達する以前に、戦争とは半ば勝負がついているものなのかも知れません。孫子が言うところの、百戦して危うからず、という境地はやはり事前の周到なる準備に基づくものなのです。
 
 さて、僕と言えば帰京してから4月1日に法務局で株式会社設立登記申請を正式に済ませ、そして今さっき東京都行政書士会に赴き、必要書類を提出して登録の手続きを済ませて参りました。株式会社東京プライズエージェンシーの設立日は4月1日ということになり、また行政書士事務所は一ヶ月から一ヶ月半後に正式に営業できるようになります。着実に準備が整っていく一方で、会社としてスタートしたばかりのこの二ヶ月は、資金ショートという恐怖との戦いとなるでしょう。
 けれども、僕はこの日のために、およそ一年間周到に準備を重ねて参りました。先ほどの例でいえば、自分の一斉射撃に絶対の自信を持っております。これは決して慢心ではありません。自信を持っても誰も文句を言えないほどに、この一年間努力してきたのです。
 戦略的に人事を尽くして来たので、あとは天命を待つのみです。
 このはじめの二ヶ月に勝利することができれば、間違いなく成功するのだと思っています。
 この一世一代の大戦において、自分はどのような采配を振るうことができるか、と客観的に自身を見て楽しみでもあります。ピンチの時こそ、人の真価が表れるというもの。
 今まさに僕は戦場のただ中にあるのだということです。
 
 
 
 N県において戦いを始めたO君、君は一人ではありません。応援する多くの仲間がいることをお忘れなく。次に会うときには、お互い、いい表情をしていたいものです。健闘を祈ります。
 学問研究の道をあえて選んだA君、ご無沙汰しておりますが、君も頑張っていることでしょう。近いうちに、また会いましょう。
 日々、稽古に精進しているMさん。若いながらも君は演技のプロです。お金をもらっている以上、プロとしてお客さんの前に立たなければならないということです。それはある意味プレッシャーとなるでしょうけれども、それ以上にプロとしてのプライドは自分の演技をさらにいいものにしてくれるでしょう。
 美容師のOさんに関しては、どん欲に人脈を広げているようですから、心配しておりません。13日は楽しみにしております。お初にお目にかかる同僚の方々に関しても、君が言うのなら面白い人たちなのでしょう。

 就職活動で奮闘中のUさん、困難な状況の中、奮闘しておられる様子。バイト先も本当に近所なので、困ったことがあった際は遠慮なくお立ち寄りください。何か力になれるかも知れません。
 また、Wさん、天気が悪い中、昨日は来てくれて本当にありがとうございました。ちょうど会社設立祝いのケーキも買ってきてくれて。いつも何かもらってばかりで、恐縮です。サポートが必要な際は言ってください。昨日の悩みの件、どんな選択をしようとも、応援致します。それと小説執筆の件、真剣に考えてみてください。
 
 故郷宮城におられる皆さんにおかれましても、これから様々お願いすることになると思いますが、なにとぞよろしくお願い致します。

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2009年03月29日

REPORT 50 サポート

 たとえば戦場に戦うにせよ、補給というサポートが必要不可欠であり、プロ野球にせよ、表舞台で戦う選手のみならず様々なスタッフのサポートが絶対的に必要となりますし、FIでトップレーサーが自分の力を最大限に発揮するためには、メカニックなどのサポートがどうしても必要です。
 表舞台において才能を最大限に発揮するには、目に見える、あるいは目に見えない数多くのサポートが必要となります。そして、そのサポートする才能とはサポートされる側の才能と同じとは限らないのです。
 今回、田舎に戻り、そのことを改めて実感致しました。
 僕の叔母は会社の経理畑にあって、税務関係や労務関係の実務に精通しております。僕が会社を立ち上げると言うことで、S叔母は心から僕を応援してくれております。しかも、自分がそれまで培ってきた知識を惜しみなく提供してくれて、僕としては本当に助かっております。この上なく心強い味方を得て、さらにやる気も増すというものです。こう言った、後方支援を的確にしてくれる人材がいる会社というものは、実に幸せだと思います。
 また、叔母の娘、つまり僕にとって従妹にあたるIは地元の最高峰T大学を出て、去年から地元の優良企業に総合職として就職してばりばり働いているのですが、彼女とは朝方まで飲みました、語りました(笑)。ルーレットの上に自分の人生すべてを賭けてしまうような生き方をしている僕とは真逆の生き方をしている彼女ですが、不思議なことに真逆だからこそお互いに認め合うということもあります。幼いときから苦労をしてきた彼女は、早くから大人にならざるを得ない状況にありました。そして、幸運にも彼女にはそれに耐えられる強さがあった。その潔い強さに、ある種の憧れを抱きます。たとえが正しいかどうか定かではありませんが、たとえば山本五十六などは戦争に出ている際に手紙一通で妻が決まったと実家から連絡があるのですが、それを当然のこととして淡々と受け入れます。僕はこの手の諦観にも似た潔さに憧れを抱くのです。決して僕にはできない生き方だからです。

 一度しかない人生だからこそ勝負をするという人生がある一方で、堅実に守るべきものを守る人生がある。懸命に生きるという点において、どちらもすばらしいのだと僕は思います。
 
 4月1日には帰京致します。
 今回の帰省については、仕事面において予定通りの進捗とはいきませんでしたが、多くの収穫がありました。そして東京に戻れば、完全本気モードでの戦いが待っています。これ以上ないほどに気力十分です。後は自分の力を信じて戦うのみです。
 これからも、皆様、応援よろしくお願い致します。
 サッカーの選手や野球の選手などが、ファンのおかげでがんばれたとよく言いますが、今それが本当なのだと実感しております。皆様の温かい応援があるからこそ、僕は頑張れるのだと思っております。応援は確実に力になります。
 
 
 
 
 従弟のR、および奥さんのSさん。君たちと話せて本当に楽しかったです。Rは本当にいい子を見つけましたね。逆転ホームラン的な奇跡です(笑)。6月の結婚式では大いに楽しみましょう。『24』は僕にお任せください(笑)。楽しいことにしてやりましょう!
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2009年03月26日

REPORT 49 北の国から

 気のせいでなければ、今朝東京でも雪が舞っていました。とても、寒かったので間違いではなかったのでしょう。昼過ぎに、仙台に着いたときもやはり雪が舞っていました。降るというよりは、あ、雪だ、とぼんやり思うほどに本当に舞っているという感じで。
 池袋から故郷の宮城へ。このギャップにはさすがに驚きました(笑)。軽い時差ぼけのような、妙な感覚に今なお陥っております。とにかく、時間の流れがまるで違うのです。
 おそらく、時とはその人の主観によって長さが変わるものなのでしょう。たとえば、楽しい時はすぐに過ぎるといいますけれども、やはりそれは本当にすぐに過ぎているのではないかと思うのです。一日24時間とは、単なる基準であり、それぞれに時間の体感速度というものが違うのでは?
 体感時間における相対性理論。
 これに関しては、物理学の研究者を目指しているSさんと話してみたいところです。
 
 さて、先日のことです。
 日曜日は先日書きました通り、P社のI君と家で飲みました。
 最近、気になっている松下幸之助さんのことや、I君の故郷、長州のことについてなど、教えられることの方が多かったような気がします。その中でも特におもしろかったのは、本当は三島由紀夫よりも太宰治の方が強かったのではないか、という話です。
 僕は三島由紀夫を崇拝している方の人間であり、初めて知ったのですが、I君は太宰治を尊敬している方の人間だったのです。それまで僕は三島の方が強い人間だったと、疑いなく思っていたのですが、確かにI君の言うとおり、太宰の方があるいは強かったのではないか、いや強かったに違いないと思うに至りました。
 太宰はありのままで太宰であり、三島は死ぬときまで作りに作った三島だった。
 そうなれば、器の大きさでいえば、圧倒的に太宰だったのではないでしょうか。
 けれども、と僕は思うのです。弱い自分を鎧いに鎧い、学生時代の東大生や早大生と堂々と渡り合った三島はやはり意志の力において天才的に強かったと。つまり、いい車に乗っていたのは太宰であり、いい運転手だったのは三島であった。結局は両方とも巨人であったと思います。
 
 翌日は美容師のOさんが遊びに来ました。
 彼女とはいつの間にか長いつきあいになっていました。常に上を目指している彼女と僕とは共鳴するところがあります。話しているといい刺激になるし、何より楽しい。放っておけばお互い、何時間でも話し続けるでしょう(笑)。しかも、気を遣わなくてもいい。おそらくこんな関係が一生続くのかな、と思っています。
 
 その翌日は女優志望のMさんがきました。稽古稽古の毎日で、本当に忙しい中で、時間があまりなかったのが残念です。このブログでも何度か触れましたとおり、彼女は常にまっすぐで、感性的に自由であり、うらやましく思います。一口に言えば、かっこいいのです。これからさらに忙しくなることと思いますが、体に気をつけてがんばってください。
 
 こんな楽しい日々を続けるためには、やはり財務基盤を整備しなければなりません。収入がなければ、池袋のオフィス兼住居を守りきれなくなります。けれども、この日々を守るためと思えば、力が湧いてくるというものです。今回このブログに書かせていただいた3名のみならず、夢を追う人たちの、憩いの場になればいいと思っております。
 
 
 O君、大学卒業、おめでとうございます。
 君が書いていたとおり、卒業は新たなるスタートだと思います。
 お互い、五里霧中の日々が続くかと思いますが、何とか一番困難なスタートを乗り切りってやりましょう!
 それで、たまには東京に遊びに来てください。布団は用意してありますので、いつでもどうぞ。
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