2009年07月01日

REPORT 85 追い風

 やはり、良き風をもたらすものは、人とのつながりだと思います。
 
 昨日の飲み会で意気投合したB社のT社長とは、さっそく今日の朝からメールのやりとりをさせていただきました。今後の仕事に関して実に面白いご提案を頂き、こちらとしても七月初っぱなからやる気に満ちている次第でございます。
 デザインの世界を変えたいという、T社長の志は、僕の志とも共鳴するところで、その人間的な魅力も含めて、これから末永くお付き合いさせて頂きたいと思っております。
 しかも、起業家としても先輩であり、こちらとしては学ぶべき事が無数にございます。近い将来、こちらもT社長に何らかの形で貢献できればと思っております。
 また、デザイナーのYさんからもメールを頂き、今度の飲み会にも参加頂けるということで、今から楽しみでございます。
 そういえば、舞台女優のMさんも参加すると言ってましたから、様々な顔ぶれがならぶ面白い会になると思います。
 ただし、月末で夏休み前で日程的に難しいとの声もありましたので、もしかして、日にちは前後するかもしれません。とりあえず、7月24日はターゲットということで。
 
 
 さて前々回のお約束通り、先週のことについて書かせていただきます。
 
 火曜日にある会社への見積もり提案があり、それが無事に終了し、水曜日は以前から懇意にして頂いている日本大学芸術学部文芸学科の山下先生の研究室にお邪魔しました。
 そこで、元気のある学生さん達を紹介していただき、これはいける!とまた確信した次第でございます。
 研究室自体には、あまり意識していなかったんですけど、3時間もいたらしいです。
 本当におしゃべりですみません(苦笑)。
 お初におめにかかる男の子たちもいて、実に新鮮でございました。
 でもまあ最後の一時間は、女性陣が特異な世界について熱く話されていて、僕も含めて男性陣は、なるほど、へえ、そうなのか、と半ば感心して話を聞いていたのでした(笑)。
 それから、清水教授と合流し、飲み屋さんで飲み会とあいなったのでございました。
 今回なぜ実名かと申しますと、清水教授よりお許しが出たからでございます。イニシャルだとSだのMだのと変な感じになるから実名にしてくれとのことでした(笑)。清水先生のホームページのリンクも貼ってくれとのことでしたので、お約束通り、貼らせていただきます。
 
 http://www.shimi-masa.com/
 
 その日は次の日に営業代行の方との商談が控えており、まだ迷っていたこともあったからでしょうか、清水教授はいつもの洞察力を発揮させて、眉間が険しくなっている、疲れているんじゃないか、迷っているんじゃないかと一発で見抜かれてしまったのでございます。さすが、隠せない(笑)。
 ただ、教授に相談に乗って頂き、次の日の商談は迷うことなくお断りさせていただきました。
 確かに僕にとってかなりいい条件で、その条件をのめば財務的にいきなり安定することは明らかでした。けれども、今回の起業は理念を第一に考えてのもので、お金儲けが第一義ではございません。結果的にお金は必要となりますが、やはりそれは手段に過ぎず、急速な事業な拡大は危ういものとなるのは、火を見るよりも明らかでございます。
 それなので、僕は月一件からでも地道にこなし、着実に実績と信頼を積む道を選びました。
 協力して頂ける法人や個人の皆様にも、その点においてご理解をいただけたので、ありがたい限りです。
 
 また、当社を気に入って頂き、せっかく営業代行を請け負いたいと言っていただいたのに、こちらのわがままで一方的に話をお断りし、関係者の方々には大変ご迷惑をおかけいたしました。
 
 とにかく、一歩一歩着実に進めていこうと思っておりますので、皆様、また応援よろしくお願いいたします。
 
  さて、刷新されたサービスの詳細も決まり、パンフレットの原案もほとんどできあがっておりますので、ついについに、本格営業まであと少しとなりました。いや、じつに長かった。それに、甘くはなかった(苦笑)。
 様々いい勉強になりました。それに、いろんな方面でようやく手応えを感じ始めております。
 近いうちによい報告ができると思います。
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2009年06月30日

REPORT 84 ジントニック

 今、デザイン会社B社のT社長とデザイナーのYさんとM社のMさんと飲んで帰ってきたばかりです。
 いやー、実に楽しかった!
 七時半からでしたので、かれこれ四時間は話していましたが、全く足りませんでしたね−。
 T社長は初めて会ったときから面白い人だなーとは思っていましたが、これほどまでに面白いとは思っておりませんでした。かなり深い人で、もう、それは無尽蔵と言ってもいいほどです。
 7月24日の飲み会にもお誘いしておりますので、これを見ている若い人たちは是非ぶつかっていってください。きっと、何かを得られるはずです。
 それにデザイナーのYさんはマイペースな方で、やはり芸術的な雰囲気を持っている方で、彼女はじっくりと引き出せばかなり面白い物を埋蔵しているのだと思います。是非、また飲みましょう!
 池袋までお越し頂き、ありがとうございました。
 
 さて、そういうことでして、日芸の学生さんたちにはもういいましたが、7月24日に池袋にて飲み会開催でございます。これをご覧の皆様、遠慮なくご参加ください。今回も十五人程度になる場合は、都合上、おしゃれな店の確保は難しく(苦笑)、いつもの和民になるのでご了承ください。
 参加希望の方は僕に直接連絡ください。遠慮なく。
 様々な方が来られるので、いい刺激になるだろうと思います。
 
 参加希望の方はこちらまで。 
 t-miura@tokyoprizeagency.com
 
 さて、六月ものこすところ、あと三分。
 なんとかこのブログ、六月も10は書いたなとほっとしつつ、ジントニックをアイスででも冷やそうかと思っている次第でございます。
 
 それと、7月は死ぬほど頑張るぞ!!
 働きつつ前のめりに倒れて死ぬのならば本望ではないかと、ジントニックと楽しい時間の余韻に酔っている僕はそうおもっているのでした。
 
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2009年06月29日

REPORT 83 平野綾

 題名をご覧になって、ほとんどの方の頭の上には「?」マークが浮かんだことでしょう。
 
 芸能などにまるで無関心な方ならば、もしかして好きな人でもできた「?」と思い、
 僕のことを少しでも知っている人ならば、もしかしてそっち方面に走った「?」と思うことでしょう。
 
 とにかく、平野綾でございます。
 子役の役者から声優となり、絶大な人気を得て、今は歌手として女優として羽ばたこうとしているアイドルでございます。
 先週号の週刊少年チャンピオンでは表紙を飾っていましたから、もうすでにいわゆる「オタク」と言われる方々だけの偶像ではなくなっていることは明らかです。
 
 なぜ、平野綾か。
 語弊を恐れずにいうならば、僕とオタクとの関係は、あたかもナチスとユダヤ人のような関係でございました。つまり、オタクと呼ばれる人々に対して、正直申し上げますと偏見を抱いていたわけでございます。
 それが、丸くなってきたのでしょうか、大人になってきたのでしょうか、まあ、NさんやMさんの影響が大きいのだと思いますが、徐々に偏見がなくなってきたのでございます。
 ただし、一昔前流行った「オタ芸」などという文化は残念ながら許容できません(苦笑)。
 「オタク」を許容できたと言うより、こうして考えてみると「BL」を許容できるようになっただけかもしれませんが。
 ともかく、人気アニメの声優である平野綾はオタクの偶像であり、かわいいなと思いつつも、こうやってブログに書くほどに彼女について考えようとは思ってもおりませんでした。昔、日芸の所沢校舎のほうに平野綾がくることがあって、それでNさんと写真集が売れるかどうか、かけなんかをしたこともありましたが、それでも彼女にそれほど興味があったわけではございません。
 
 きっかけは舞台女優で現在全国を回っているMさんです。
 土曜日はちょうど東京に帰ってきていて、自分が出演した映画がTSUTAYAで貸し出しになったということで、一緒に観ようと持ってきてくれたのでした。僕も久々の休みで、出演者を横にして映画を観るってぜいたくだなーと思いつつ、のんびり過ごしていたわけでございます。
 で、Mさんが更に持ってきたのが平野綾のコンサートDVDだったわけです。
「私、平野のDVD観ると、泣けるんですよ!」
 前からMさんはことある毎にそう言っていましたが、無論、僕にはその意味がわかりませんでした。
 あ、熱狂的なファンなんだくらいにしか思っておりませんでした。
 DVDは2枚有り、一枚目は涼宮ハルヒのなんたらの声優さん達がみんな出て、いわゆる「オタク」の人々が必死になってなぜかジャンプしているもので、実を言えば僕としては意識が朦朧としていたのですが、2枚目に入って、画面に吸い寄せられました。
 それは声優平野綾としてではなく、歌手平野綾としてのコンサートでした。
 それが、実にかっこよかった。なんというか、昔いたレネ・マーリン風であり、コンサートのやり方なども僕が好きなコールドプレイやU2などのUKロック風であり、つまり、緑や青のレーザー光線が薄闇を貫くような、冷ややかな北欧風のコンサートだったわけであります。
 しかも、その平野綾の歌う姿が、何というかエロくてかっこよかったわけです。声優ヴァージョンとは人が変わった様。
 あれ、こんな勉強もしているんだー、と最初はそれくらいにしか思わなかったわけですが、どうも違う。全編を通じてかっこいいわけです。
 なんだ、これは? なんなんだ?このこは。
 僕は次第に画面に食い入るようになっておりました。考え込んだわけです。
 で、思い当たりました。
 あ、この子は本当はこれをやりたかったんだ。そのために努力を重ねてきたんだ。
 そうやってみると、更に魅力的に見えました。確かに、歌は格別に上手いというわけではなく、ダンスが飛び抜けていいわけでもない。谷村奈南と違って、肉体をさらせばCMを得られるような体型をしているわけでもない。けれども、彼女は煌めいている。アイドルとして、というよりは、一人の人間として、彼女は煌めいているのでした。
 その理由はもはや明確でした。
 彼女はあのルックスをしていながら、信じられないほどの意思の力を有しているのでした。
 そして、僕はその手の強大な光に弱い。
「想定していなかったところで、すごい子を見つけたよ」
 画面から目を離せないままに僕はMさんに言います。
 Mさんはつまり、平野綾に内在する、この強烈な光を僕に見せたかったのでしょう。
 コンサートも終盤、歌もほとんどが終わり、平野綾がマイクを握ってお客さんに対します。
 静かに切々と訴えかけるように語るその姿は、もはや声優でもアイドルでもなく、一人のアーティストです。
 彼女はこのようなことを言っていました。
「10歳の頃から、私には目指すところがあってそれは一度も揺らぐことはなかった」
 そして、こうも言っていました。
「今のこの時が特別だとは思わない」
 つまり、彼女はこれだけの成功を収めながら、これはまだ途上に過ぎないと、そう言ったのです。
 アイドルなら、「今日のお客さんが今まで一番サイコー!」っていえばいいじゃないか。「この舞台に立てていることが信じられない」とブリッ子して見せればいいじゃないか!
 けれども、平野綾は淡々と語ったのです、自分には目指すところがあると。
 それが、どうにも気持ちがよかった。一点の曇りもなく、衒いもなく、僕は観ていてすがすがしさを感じたわけです。
 何を言っているんだと、思われるかも知れませんが、彼女の「意志」というものは、古今の英雄豪傑にひけをとらないと僕は思うのです。
 自らが思い描く理想、つまりは自分にしか見えない地平を持ち、目標を達成するために、自分として最大であるために常に努力を惜しまない。
 同志だ、と思ったわけです。それにしても、女性の中に英雄豪傑的な「意志」を見るのは珍しいことです。
 ちなみに、Mさんはその平野綾のスピーチの際は、わかるわかるとうなずきながら号泣しておりました(笑)。
 僕もようやくMさんが平野綾にはまっていたわけがわかったのでございます。
  
 


 先週はいろいろありすぎて、書くことが多くありますが、長くなりますから次にしましょう。
 日芸のY先生の研究室を訪れたことや、営業についてのガチンコ交渉についてなど、様々ある故に、皮肉にも書く時間がございません(笑)
 
 ただ、最後にこれだけ。
 Nさん、就職活動、本当にお疲れ様でした。
 僕も安心いたしました。

 この大嵐の中で、よく頑張りましたね。
 おそらく、今頃はマンガ三昧でこのブログなど見てはないでしょうが、一応書いておきます(笑)。
 

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2009年06月23日

REPORT 82 ヘビーな日々

 「先生、私たちは行政訴訟のためにこうした勉強会に参加させていただいているので、いろいろ教えていただきたいのです」
 そう、真剣に言うのは東京都弁護士会所属の弁護士の方でした。
 そして、弁護士の先生に「先生」と呼ばれていたのが、東京都行政書士会の会長、N先生でした。
 N先生は弁護士先生達の、Googleや図書館などでも決して探し出すことなどできないだろうな、と思えるようなディープな質問に的確に答えていきます。それに対して、弁護士先生達は更なる法的な質問を積み重ねと、何か、武士の真剣勝負を見ているようでございました。
 場所は東京霞ヶ関、日本弁護士連合会弁護士会館、つまり弁護士の本丸。
 ここで公法学会講演会というものがあり、弁護士の先生方十五名ほどと、会長や支部長といった、幹部クラスやベテランの行政書士十五名ほどが一堂に会し、真剣に討論を繰り広げていたのであります。会が終わって気付いたのですが、N先生の横にいた怪しげな老人は、日本弁護士会副会長にして、東京都第二弁護士会の会長だったのでした。
 末席にあった僕は別に萎縮することもなく、わくわくしてその様子を眺めていたのでした。
 新人の僕が発言することなどありえませんから、気楽でした。
 ただみんながどっと笑うところで僕はわからず、変なところで僕一人が笑ったりと、知識のなさを痛感したのであります。
 と、いっても僕だって新聞は読み込んでいるし、インターネットで情報も収集している。
 おそらく、彼らは年季が違うのであります。新聞なども、小さい記事まで漏らさずに読み込んでいるのかもしれません。
 まさに、本物達。
 やはり、東京にはすごい人たちがいる!!
 
 ところで、なぜそんなところに僕がいたのか?
 
 実は、今日の予定に「弁護士会館にいく」なんて項目はありませんでした。
 今日は行政書士としてではなく、株式会社東京プライズエージェンシーの代表取締役として豊島支部の支部長のところに商談で訪れていたところ、東京都行政書士会副会長でもある支部長に、
「そうだ、おれの代わりに弁護士会館行ってくれ。それでN会長にあいさつしてきなさい」
 と仰せつかったのであります。
面白そうだったので、
「あ、行きます」
 と、受けてしまいました。
 でもその時はまだそんなディープな会だなんて知らなくて、支部長も行けばわかるよ、と笑うだけで詳しくを教えてくれず、行ってみたら、そんな有様でございました。
 それで、内心、苦笑です。 
 もはや、偉い人麻痺。もう、誰が来たって怖くはないぞ(笑)。
 結局は、一対一になれば人間対人間でしかありません。
 それに、黙って険しい顔をしていれば、幸い僕は馬鹿には見えない顔をしております。
 
 無事に会を終えて、支部長との約束通り、N会長に挨拶をし、名刺交換をいたしました。
「先月登録が済んだばかりなので、よろしくお願いいたします」
 と、僕は頭を下げます。
「そうか、先月なら、僕が登録式に初めて出たときだね」
 とN先生。実はN先生は僕が参加した登録式の数日前に選挙に勝って4500人の会員がいる東京都行政書士会の会長に就任したばかりだったのであります。あのときは、あまりに遠くにいる偉い人でありましたが、あれから一ヶ月もしないうちに、話せるところまできてしまいました。
 しかも、僕は豊島支部で理事の末席に加えてもらえることが内定しており、また東京都行政書士会本会の広報部にも潜り込めるように支部長に手配してもらっているので、本会でも顔を合わせることも出てくると思います。そこで、さっそく副会長と会長と顔見知りだというのは何かとメリットがございます。
 
 でも、いいのかなと思わないでもありません。何せ、僕は新人も新人、行政書士の業務を未だ受注したことすらないのです。
 でも、ま、いいんだろ(笑)。
 
 と、いうか、こういうことをブログに書いてもいいんだろうか(苦笑)。
 ま、いいんだろ(笑)。
 
 とにかく、実にヘビーな日々でございます。
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2009年06月22日

REPORT 81 では理念とは 

 
 何のために僕は起業したのか。
 
 資金繰りなどに困ってくると、こういった根本的なことを見失ってしまいがちになります。
 間違っても、僕は食うために起業したのではありません。
 単に食うためならば、贅沢しない僕にしてみれば前の職場でも十分だったのであります。
 
 それではどうして起業したのか。
 
 自分として最大であるため、つまり、自分の限界に挑戦するためであり、
 そして、理念を実現するためです。
 
 では理念とは。
 
 今まで培ってきた能力を、人のために役立てたい。僕を必要とする誰かの力になりたいということです。
 きれい事に聞こえるかも知れませんが、やはり僕はそのスタンスを変えるわけには行きません。
 ただ単に儲けるためならば、僕ではない誰かがやればいい。
 僕は僕にしかできないことをしなければならないと、そう本気で信じているのです。
 
 逆を言えば、そのスタンスである限りは間違いない。
 堂々と振る舞うことができるし、誰とでも対等以上に渡り合うことができる。
 すなわち、負けることはない。
 
 そういった意味において、今の僕に後ろめたいことは何一つありません。
 未だ事業は軌道に乗ってはおりませんが、こうして一つの嘘も後ろめたさもなくなったということで、本当の意味での独立を勝ち得ました。人生において、これは初めてのことかも知れません。
 おそらく多かれ少なかれ誰もがそうでしょうが、今までの僕は何らかの嘘で固められており、自己嫌悪にまみれておりました。それが、今の段階で全くなくなったのです。
 僕は手に入れられるかどうかは別として、ほしい物をほしいと言え、好きなものを好きだと言える、本来の意味での自由を手に入れました。と、同時に、それと同じ規模の恐怖を背負うことになりました。
 
 自由を手に入れるためにはどうしてもリスクが生じます。
 そして、そのリスクを徐々に楽しめるようになりました。
 まさに生きるか死ぬかの勝負であり、その背水の陣において、自分として最大でいられる。
 これを喜びと感じられるようになったのです。
 
 更に人事を極限まで尽くし、あとは当然のように天命を待つのみ。
 
 僕と仕事を一緒にされる方は、僕を信じてもらってかまいません。
 そして、僕も僕自身を信じます。 
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REPORT 80 ジューン・ブライド

 先週、いとこの結婚式に参加するために仙台に行って参りました。
 金曜日に仙台入りし、弟共に、新郎宅で緊張を共有。
 緊張に弱い新郎は腹をブロークンしてストッパー×3状態で本番に挑んだわけですが、きっちりとスピーチを決めてくれて、僕といたしましても本当に安心した次第でございます。
 幸せを得るとはかくも厳しいものか(笑)。
 新婦は文句のつけようのない美人で、しかも家族から愛情を一身に受けて育ったために、恐ろしいほどに天真爛漫ないい子なのであります。あ、こういう子もいるんだ、と思えるほどの相手で、彼としてはこれはもう幸せになるしかないでしょう。そして、絶対に幸せになるだろうと思います。
 
 さて、僕は仕事があったために、二次会を途中で抜けて東京組と帰京いたしました。
 そこで、また別のいとこNとMと一緒だったんでした。今まで彼らとはあまり接点がなかったのですが、Nは東京で8年でしょうか、生き抜いていく中で、大人の男として成長していたのでありました。将来についても考えがあるようで、安心し、同時にいとことしてうれしかったのであります。
 これから、何かの力になれればと思いますので、もしこれを見ていたら、遠慮なく連絡してください。また、こちらからも連絡いたします。
 僕らが組めば、将来的にきっと面白いことになる。NにもMにもいいましたが、絶対に活路があるものだと僕は信じております。
 そのためにも、まずは僕が成功し、模範とならなければなりません。
 着実に努力を積み重ね、戦略的に推し進めていけば、奇跡は現実のものとなるはずです。
 
 もちろん、結婚をうらやましく思いますが、僕にはやるべきことがあります。
 それをまずは着実にこなしていかなければなりません。
 全てを上手くいかせるには、一日はあまりに短すぎるので(笑)。
 
 とにかく、今日も朝からTELなど多数あったものですから、取り急ぎご報告までに書かせていただきました。
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2009年06月18日

REPORT 79 竜馬がゆく

 言わずと知れた、坂本竜馬。
 僕が本格的に本を読み始めたのは、高校時代のことでした。
 そして、活字中毒になったきっかけが、司馬先生の『竜馬がゆく』でした。
 これを読んで、どうしようもなく志がみなぎったのを覚えております。
 ただし、司馬先生を支えた奥様、みどりさんは何かの本の記事の中でこう忠告しておられました。
「司馬の作品は若い人にとって、とても危険です。誇大妄想家にしてしまいますから」
 まさに、僕もその一人かも知れません(笑)。
 
 坂本竜馬は当時の最先端をいっておりました。
 それですから、竜馬を慕う後輩達はいつも竜馬の真似をしました。
 これはそんな様子が窺い知れるエピソードです。
 
 ある日、竜馬はいつものように懐に手を突っ込み、ぶらぶらと歩いておりました。
 竜馬は郷士あるいは商人の家生まれですが、れっきとした武士でございました。ところが、とてつもなく危ないご時世でもあり、また名も上がり命を狙われる身だというのに、竜馬の腰には太刀がございません。
 それに気付いた後輩が竜馬にこう言います。
「竜馬さん、太刀はどうしたのですか。危ないじゃないですか」
 あ、太刀ね、と竜馬は面倒そうに答えます。
「あれはもう時代遅れだよ。身を守るには今はこれだ」
 そう言って懐から取り出したのが、拳銃だったのでございます。
 なるほどそういうものか、と後輩達は感心いたします。
 また、ある日、竜馬はいつものように懐に手を突っ込み、ぶらぶらと歩いておりました。
 もちろん、腰に太刀はございません。
 そこへ、先日の後輩達がやって参りました。
「竜馬さん、我々も拳銃を手に入れました」
 そう言って、後輩達はおのおの、懐から拳銃を出して竜馬に見せたのでございます。
 すると、竜馬はそれを鼻で笑います。
 そして、こう言うのです。
「それはもう時代遅れだよ。身を守るには今はこれだ」
 そう言って懐から取り出したのが、万国法、つまりは国際法の法典だったのでございます。
 
 
 僕は去年からジュンク堂に通い、あらゆる種類のビジネス書を読みあさり、起業に備えておりました。
 流し読みを含めれば、多い日で5冊は読んでいたと思います。もっとも、法律の勉強の合間をぬってだったので、週に一度ほどのこと。それでも、月に20冊ほどは読んでいたことでしょう。
 それで成功談から様々な営業ツールを学んでいったのです。ホームページの作成や、SEO、メールマガジン、マーケティング、プレスリリース、FAXDMなど。
 けれども、起業してわかったことは最新刊として並んでいるそのようなビジネス本を読んで、同じ手法を取り入れたとしても、同じように成功することはほとんどないということ。
 なぜなら、新刊と言っても、書店にならぶときにはすでに情報が古くなっているのです。おそらく、今出ている本の著者がその手法で成功したのは、認知期間や執筆期間、編集期間を考えると、三年から五年前のことです。さらには、本になって周知されることによって、多くの人が同じ事を真似するために、その手法を使うメリットが薄れてしまうのです。
 それなので、真面目に本を読み、その通りに実行すれば、竜馬のエピソードに出てくる後輩達のようになってしまいます。
 かといって、ビジネス書を読むのは無意味だと言っているのではございません。成功談を読むときに取り入れるべきは、その手法ではなく、その手法を生み出した課程です。つまり、フレームワークこそが重要になります。その思考過程を自らの分野に活かすことができれば、大きなメリットになります。
 つまり、成功するには暗中模索の中で、自分自身の感性を信じ、新しい手法を編み出さなければならないということです。それがその時のスタンダードではなくとも、後世にとっては紛れもない常識になっていたということは多々あります。ガリレオの地動説がまさにそうです。
 
 と、いうことで、今僕は全く新しい営業手法を模索中でございます。それが何とか形になりそうで、本当に忙しい日々を送っております。新しいサービスを世の中に提供しようとしているときに、従来の古い手法を用いては本末転倒になりかねません。
 まさに暗中模索の日々ですが、遠くにかすかな光が見えてきております。その光を頼りに僕は努力を続けるのみです。必ずその先に答えがあるものと信じております。
 
 さて、前述の竜馬についてですが、彼は数多くの名言を残しました。あるいは、それは単に司馬先生の創作だったのかも知れませんが、この際、かまいません。
 その中で僕が特に好きなものをここに載せて、今日は最後といたします。
 
 世の中の人は何とも言わば言え
      我が為する事 我のみぞ知る
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2009年06月12日

REPORT 78 災いを転じて福となす

 
 災いを転じて福となす 
 
 たとえば、落馬して怪我をしたんだけれども、そのおかげで戦争に行かなくて済んで命拾いした、というふうな意味に誤解されている方が多いかも知れませんが、本義はそう言った受動的な意味ではございません。そんな受動的な意味ならば「人間万事塞翁が馬」や「禍福はあざなえる縄のごとし」という言葉の方が適合します。
 災い「を」転じて福と「なす」、ということですから、この言葉は実に能動的であり、主語である人間の意思が強烈なまでに表れる言葉です。
 たとえ災いが起きたとしても、何とかして福にしてやる!という意思がこの言葉には込められています。
 
 大辞林にもこうあります。
「災難にあってもうまく活用して、しあわせになるようにする。」
 
 
 先日、印刷会社さんの方から『未来に贈る自分物語』のB6版のサンプルが到着しました。
 ところが、最後の2Pがあちらのミスで欠けていたのであります。
 けれども、まいったな、と思ったのは一瞬でありました。まてよ、とすかさず思ったのであります。
 その最後の2Pがなくとも、B6版のサンプルとしては十分利用ができます。本文が削られているわけではありませんしね。
 と、いうことで、印刷会社の担当の方にすぐに連絡を入れました。
 ただでさえ風貌が怪しいので、怯えてもらっては仕事がしづらくなります(笑)。クレームという形にしないように、慎重にお話いたしました。
 もちろん、誠心誠意の謝罪を受けたのですが、僕には考えがございました。
 相手のミスを、ミスとならないように、しかもこちらとしてもミスの代償以上に利益を受けられるようにと提案したのであります。
 普通なら、受け取った不完全版を回収してもらい、新たに完全版を作り直してもらうところですが、それでは僕の利益にはならないし、ミスをしたとはいえ印刷会社さんとしても損害を被ることになります。
 ですから、こう僕から提案をいたしました。
「どうせ、できた物はサンプルとして使えますから、これはこれで頂いておきます。それに加えて、ちょうどA5版も試してみたかったので、そちらを超割安価格でやってもらえませんか?」
 そう言うと、最近何度か担当していただくうちに、かなり打ち解けあっていたSさんは
「そう言っていただけると、本当に助かります! その方向で対応させていただきます!」
 と心底ほっとした様子でございました。
 一度のミスがあったとは言え、印刷の仕上がり具合や価格など、他と比較しても格段にいい会社であり、長らくつきあわせていただこうと考えておりましたので、こちらも一安心でございました。 
「別件の相談もありますから、一時間後に伺いますので、どういった対応していただけるか検討しておいてください」
 そう言って、上司の方の承認を取りやすいように時間の余裕も差し上げることとして、印刷会社さんに伺い、かなり良い条件で交渉をまとめさせていただいたのであります。
 こちらにしても、相当にラッキーでございました。
 あのミスがなければ、同じサンプルを作るのに、相当の経費が発生してしまったことでしょう。
 先ほど、新たにデータの入稿も済ませ、あとは完成品を受け取るだけでございます。
 様々な判型やデザインのサンプルがあれば、こちらとしては営業の方やお客様に対して格段に提案しやすくなります。
 いや、本当に良かった!
 
 さて、徐々にサンプルもそろってきて、営業などの交渉も一応まとまったところもありますので、更にサービス内容を充実させて、ブラッシュ・アップを繰り返していかなければなりません。また、この前の方とは違った法人様に対するご提案の骨子も先ほど完成いたしましたので、ようやく刈り取りも視野に入れられるようになります。
 どうも、僕は交渉事が向いているらしく、様々な会社に出向いて交渉するのが全く苦にならないのでございます。むしろ、楽しい(笑)。
 そして自分のアイデアが形になり、お金になろうとしている今のこの段階が、無性に楽しくて仕方がないのでございます。たしかに、身体的には相当に疲れますが、楽しいのであまりストレスにはなりません。
 ただ、自分がもう一人いればな、と日々思う次第でございます(苦笑)。
 
 
 N大学のY先生、ならびに助手や学生の皆様、メールでも申し上げましたが、今度研究室にお邪魔します。
 そのときに、結構面白い話を提案することができると思います。それまでに提案を具体化いたしますので、よろしくお願いいたします。
 またデザイン会社、B社のT社長、またデザイナーのYさん、ついに飲み会ができますね!今から楽しみで仕方がありません。T社長からは多くのことを学ばせていただければと思っております。また、TさんともYさんとも将来的に何か一緒にお仕事ができればと思っております。
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2009年06月11日

REPORT 77 I-refine構想

 日々、めまぐるしく状況が変化しております。変化と言っても、全て良い方向への話であり、僕といたしましてはうれしい限りでございます。
 何件か、営業に関して当社にとってありがたいお話をいただいており、その内の一件と先日基本合意に達し、関係各社j法人様、また大学関係の方々、ライター候補の方、アルバイト候補の方にに連絡を差し上げました次第でございます。
 皆様からのさっそくの快いお返事、本当にありがたく思っております。
 これからまた行政書士関連の方での業務と、さらにもう一件の営業オファーについての合意があれば会社としての財政基盤は一気に安定いたします。更に営業方面においての自動化が早くも完成し、僕はサービスのブラッシュアップ、システム化に専念できることになります。
 僕を信じ、お力添えをしてくださいました方々には、本当に心から御礼申し上げます。
 また、今おびただしい数の仕事を着実にこなしていけているのは、様々な分野と場所で、同じく志を持って奮闘している仲間がいるからだと思っております。頑張って上を目指している若い仲間達がいると思うと、僕としては頑張らないわけには参りません。
 
 
 さて、 「必要は発明の母」という言葉が西洋にはあるようですが、まさにその言葉の通り、忙しい日々を過ごす中で、必要に迫られ、新たな着想を得ました。
 それを「I-refine」構想と名付けることにいたしましょう。
 「I」は情報「INFORMATION」の頭文字。そして「refine」は「精錬」の意味です。
 すなわち「I-refine」で「情報洗練」あるいは少し飛躍して「情報錬金術」と訳してもらってもかまいません。
 
 今映画で話題にもなっている小説「ハゲタカ」の主人公鷲津は口癖のようにこう言います。
 「情報は金だ」と。
 まさにその通りで、現代においては、質の高い情報を如何に効率よく得られるかということが勝負の分かれ目になっております。インターネットなどのシステムが便利になり、情報を集めるための媒体が多様化したからこそ、この情報収集能力というものに格差ができつつある。そして、その格差は仕事ができるできないの関係と因果関係にある。
 「言葉を制する者が世界を制する」とこのブログに書きましたが、その前段階としてこうも言えると思います。
 「情報を制する者がその分野を制する」と。
 そこで、情報をより効率よく収集し、実用化することを目的として、この「I-refine」が必要となってくるのです。
 夥しい量の情報の中から、本当に使える物を見つけ出し、それを精錬し、自分の仕事に使えるように実用化する。
 「I-refine」の目指すところは、簡単に言えばそういうことです。
 おそらく、ビジネス界の最前線をいかれている方や、コンサルティング会社などにおいては独自に情報整理の方法を編み出していることと思います。この構想がそれらと違っていることは、オープンソースとして世間に公開し、様々な人の手によって実際に使ってもらい、その結果をフィードバックしてもらい、常に新陳代謝を繰り返して進化をさせるという点です。
 つまり、OSで言えば、ウィンドウズに対抗するところのリナックス(リヌックス)のような存在です。ソースコードをオープンにし、使う人みんなでその状況に即したものへと成長させていく。そうすることによって、日々進化するシステムやインターネットのソフトの開発速度に遅れを取らずに済みます。
 忙しいから、そんなことには協力できない、と考えられる方がおられるかも知れません。
 けれども、忙しいからこそ、一度情報の収集方法をシステム化してしまえば、後が楽になります。忙しい人にこそ、この計画への参入をおすすめいたします。
 まずは、何名かの方に僕の方から参加を打診いたします。その時に詳しいことをお知らせいたします。また、興味を持たれた方は遠慮なく僕に連絡をください。
 そして、とりあえず僕の考えに賛同していただいた何名かで僕がまず打ち立てる「I-refine ver.0」でテスト・ランを繰り返し、その結果をフィードバックして、皆さんに公開するヴァージョン、「I-refine ver.1」を完成させるつもりです。
 この構想の趣旨は「汎用的」であるということです。
 つまり、
 @誰もが使える
 A安価に使える
 Bどの分野にも応用可能
 というところを目指していきますので、実際は難しい話ではございません。
 皆様の志を助ける一つのツールになればと考えております。
 それに何より、これは僕が喫緊に必要なシステムなのです。
 皆様、ご協力お願いいたします。
 
 
 
 先日、O出版のHくんから電話をいただきました。8月からその出版社のエースともいうべき雑誌(おそらく、若い方の多くは知っている雑誌だと思います)の編集者になるということでした。本当におめでとうございます。
 酒を酌み交わしている仲間がそうやって飛躍することは、本当にうれしいことです。
 Hくんから是非集まって飲みたいという話がございましたので、これをご覧の皆様で都合がいい方は是非参加してください。
 とくに文士A君、P出版社のI君、M出版社のMさんはもちろん強制参加です(笑)。
 あと、N大学関係の先生方、または学生の皆様もよろしければご参加ください。
 7月初旬の金曜日か土曜日を想定しております。
 参加希望の方は、遠慮なく僕に連絡ください。
(個々にメールを送る暇がございませんので、とりあえずここで告知いたしました(苦笑))

 
 それと当社のホームページのインデックスをちょっと変えてみました。
 モデルのOさん、こういった具合になりました(笑)。
 ご協力、ありがとうございました。   
 
 t-miura@tokyoprizeagency.com
 
 (株)東京プライズエージェンシー
 http://tokyoprizeagency.com/
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2009年06月03日

REPORT 76 東京を生き抜くということ

 日本有数のターミナル駅である池袋駅が徒歩圏にあり、日本最大の書店、ジュンク堂書店があり、西武百貨店本店があり、ビックカメラ本店があり、サンシャイン通りがあり、東急ハンズがあり、サンシャイン60が目前にそびえ立ち、そして見渡せば無数のオフィスビルが建ち並んでおります。
 これが東京だと、当初僕ははしゃいでおりました。
 けれども、東京の真価というものは、そう言った表面的な部分に集約されるわけではございません。
 まるで宮崎駿監督の映画『天空の城ラピュタ』で、ラピュタの真価が表面の豪華な建物にあったわけではなく、そのコアの部分にあったように、東京もまたそのコアの部分に真価を隠し持っている。
 そのコアとは、人間のことです。
 世界のメガロポリス、東京は世界の一つの中核と言ってもいいでしょう。
 そこには、おびただしい数の才能が日本中、そしてともすれば世界中から吸い寄せられてきます。
 その個々の才能は、たしかにその地方や地域では抜きんでているのかも知れませんが、東京にはそのレベルが「普通」にごろごろといる。その現実を突きつけられ、多くは淘汰され、故郷へと帰ることになる。
 東京の中核に生き残ることができるのは、本当の才能だけです。(あるいは、その才能達に何らかの形で屈服した者たちか、才能達の余韻を遺産として引き継いでいる者か)
 逆を言えば、東京では恐ろしいほどの本物が平然と生活し、仕事をしているということになります。
 これは考えてみると、当たり前のようで、でも実際にはあまり意識しないことでもあります。
 
 先日、僕は「本物」を初めて実感いたしました。
 東京にはすごい人がいる、と感嘆いたしました。そして、それ以上にうれしく思ったのです。
 東京とは面白い、と。
 
 プライバシー的な問題以上に、今当社はどの会社と組ませていただくかという点で大変繊細な立場にありますので、その会社または人物について、このブログにおいて特定することは控えさせていただきますが、とにかく、僕はとても面白い方に出会ったわけでございます。
 社会的な地位があるばかりでなく、ビジネスマンとしても成功しているその方にあいさつにいく機会を得て、僕はまあ10分程度の形だけのあいさつで終わるんだろうな、と思って赴いたのですが、なぜか気に入られ、話が進み、本当に忙しい方だというのに、結局は3時間以上も独占してしまった次第でございます。
 1時間の講演会において40万円ほどで依頼を受けるということだったので、それから換算してもそのとき僕がどれだけ貴重な時間を過ごしたか、想像していただけるでしょう。
 とにかく、肩書きだけでなく、それにふさわしい風格があり、威厳があったのですが、一対一になれば僕は物怖じするということはございません。人間対人間の話ですから。
 とても懐が深い方で、僕はいつものごとくに無礼なことも平気で好き放題話しただけのなのでありますが、僕がやろうとしていることに対して、それは面白い、と何度も繰り返され、即部下に命じて様々な手配をしていただいた次第でございます。
 その手配について、まだ結果が出ておりませんから、ここに詳細を書くことができませんが、その提案は僕にとってあり得ないほどに好条件でありました。
 しかし、帰ってから提案を精査してみると、その方にとっても確実に利益になるということがわかる。しかも、関係が崩れないために、しっかりと両方が得をするように、つまり成功者が常に口をする「WIN-WIN」の構図ができあがっていたのでした。
 決断とは一瞬の判断によります。そして、成功者とはその決断力によって、他者を圧倒している。それだから、平等である24時間という持ち時間を、より有意義に使うことができるのです。
 その方が僕の中に何を見いだしたのか、はかり知ることはできません。
 ただし、間違いなく言えることは、長年培ってきたその「目」で何かを見たと言うことでしょう。そして、僕がやろうとしていることが、その方の目にも魅力的に映った。
 
 これは、何としても期待に応えなければなりません。
 これこそはチャンスです。逃す手はない。
 僕にとっても、これからの人生において、そういった一瞬の決断で全てが決まってしまうという局面が出てくるのだと思います。
 そして、信じられるのは、結局は自分自身しかいない。
 また重要なのは、成功をもたらすチャンスから決して逃げてはならないということです。
 
 さっそく、今日はサービスを固めるべく、関係法人様の間を駆け巡っておりました。
 見積もりを出してくれと言うことでしたので、いきさつを話し、こういったことになるかも知れないと正直に打ち明けると、その担当の方の対応も一変し、申し遅れましたが、こういう者です、と名刺が差し出されました。これには苦笑です。
 やはり、肩書きなどによって、相手の態度は変わります。ビジネスとは結局は人と人とのつながりであるようです。
 そして、何より僕が今すがすがしく動き回っていられるのは、今の僕にはただ一つの嘘もないからです。
 失敗は失敗として認め、今回、その方と会って話すときも、今現在の自分の状況を包み隠さず、正直に話しました。
 その方にはこうアドバイスしていただきました。
「おれなんかはこうなるとクジラなんかしか狙わないが、最初の内はイワシやサンマをとってなんとか自分を食わせていくことだよ。そして基礎ができて仕組みができてしまえば、そのうちに大物をとらえることができるようになる」
 おそらく、その方も起業当初は相当に苦労したのでしょう。
 あるいは、今の僕に、昔の自分を照らし合わせていたのかも知れません。そう考えると、サポートを申し出てくれた理由がわかります。
 
 さて、僕は今後どうしようとしているのか。
 その方に服従しようとは、無論、考えておりません。誰かに服従するつもりなら、起業などいたしません。おそらく、その方もそのことを感覚的に感じ取っておられる。だから、終始、当社を独立した会社として立ててくれていたのでしょう。
 それでは僕ができることは何か。
 つまり、それはビジネスだと思うのです。
 ビジネスの成功によって、その方にとっても有益な存在となり、お互いに利益を生む関係となる。それこそが、あるべき姿なのだと思います。そして、そうなるために、まずは「イワシ」を確実にとれるようにならなければならない。仕事を着実にこなしていかなければならない。
 その方から学ぶべき事は、無数にあるでしょう。
 僕が目指すところの一つの答えを、その方は35年かけて体現しているのですから。
 
 
 そういったことがございましたので、本日は前の【おしらせ】で、ライター候補を募集させていただきました。
 やる気のある方、どんどん僕にぶつかってきてください。
 もしかして、本当に面白いことになるかも知れません。
 と、いうか、僕は面白いことになると信じております。
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2009年05月30日

REPORT 75 コップ理論

 遙か大昔、アメリカのとても偉い方が唱えた理論に「AIDMA(アイドマ)」という考え方がございます。
 ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、一応説明しておきます。
 
 Attention 注目・認知
 Interest  興味
 Desire   欲求
 Memory  記憶
 Action   行動
 
 これの頭文字で、つまりこれはお客様が買うまでのプロセスを表したものです。
 もっとも、いくら経営や営業を学んでいるからといって、この単語を覚える必要はまるでないと僕は思うわけです。「ほうれんそう」とかなんとかかんとかとか、やけに短縮したあいうえお作文的なものを無理に覚えさせる会社などがありますが、あれ、どうなんですかね、効果あるんでしょうか。
 あんまり短縮標語的な物を覚えさせられると、逆に思考停止が始まり、発想力が阻害されてしまう要因になるのではないかと危惧します。
 それなので、あ、こういう考え方があるんだな、程度の認識で十分かと思います。
 
 僕はそういった本を読む以前に、感覚的に同じような理論を自分の中で確立しておりました。
 確立と申しましても、僕は学者ではございませんので、そんなスマートなまとめ方ができません。ただし、学者先生の理論よりも覚えやすいかと思いますので、参考までに書かせていただきます。
 
 僕が提唱するのは「コップ理論」です。
 AIDMA(アイドマ)に比べて何と垢抜けない言葉でしょう。頭文字集めた言葉でもない。
 
 どういうことか?
 
 自分が何かを買うときのことを思い浮かべてみてください。
 本屋で本を買う、あるいは服屋で服を買うという場合がわかりやすいのでそれを例に考えてみましょう。
 特定の本を買う目的でないのに、本好きな方は習慣として本屋に立ち寄ると思います。また、服が好きな方もそうでしょう。いい物があったら買おうかなくらいの感覚でお店に入るのでしょう。
 それで、少し気に入った物があれば、よし買おうと、買います。
 それは「ほしいコップ」が小さいために、すぐにコップがいっぱいになってしまうからです。
 ところが、車や高価なアクセサリーとなればどうでしょうか。ふらりと店に入って、よし買おうとはならないはずです。
 それは「ほしいコップ」が大きいために、なかなかコップがいっぱいにならないからです。
 売る側は、この「ほしいコップ」を溢れさせるために、テレビCMやら広告を雨あられと投入します。
 ね、欲しいでしょ。欲しいでしょ? 買いたくなってきたでしょう?と。
 無意識にテレビなどみていて、湯上がりなどにコカコーラのCMが流れると、「ほしいコップ」がいっぱいになります。また、車のCMを何度も何度も見ていると、「ほしいコップ」が徐々にいっぱいになってきて、ある瞬間に溢れます。そして、買ってしまうわけです。
 コップをいっぱいにするには、一つの手段でなく、いくつかの手段が重なったときが最も効果が大きくなります。
 たとえば、「ああ、あのデジカメほしいな、買おうかな、でもお金ピンチだしな」、と迷っているとき、テレビCMではコップの九分目までしかいかなく、それ以上はなかなか溜まらなかったとします。けれども、知り合いなどが会話の合間に何気なく、
「あ、そういえばあのデジカメかったんだ、すごくいいよ!」
 などと言ってしまえば、「ほしいコップ」はすぐに溢れてしまいます。あ、もう買うしかない、となるのです。
 この「角度変え」の法則は、恋愛にも当てはまります。
 たとえば、「あの子、なんかいいよな、でも気のせいかな」、とまだ思っている段階だとします。
 でも友人などの第三者が何気なく「最近、あの子かわいいよね、まじで」なんて言ってしまったときには、「やっぱりそうだよね!」と一気に「恋愛ほしいコップ」がいっぱいになるなんてことがあります。
 ちなみに、ドラクエやファイナルファンタジーなどのモンスターゲーム、ワンピースやのだめなどのモンスターコミックの最新刊については、前作、前号を読んでいる段階で、仮想次巻の「ほしいコップ」がすでにいっぱいになっている状態なので、発売日に迷わず買うことになるのです。
 
 売る側はこの「コップ理論」を逆手に取ればいいということになる。
 様々な角度から、「ほしいコップ」をいっぱいにするようにすればいい。広告でもいいし、ブランディングでもいい。なかでも、口コミというのは作為的ではないので、効果は抜群になります。
 ただ、一つ注意しなければならないのは、対象を分散しては結局、何も得られないということです。
 たとえば看板で本を広告するとします。
 心理的にはなるべく多くの商品を掲載したくなります。けれども、この場合複数掲載は絶対にしてはいけません。なぜなら、5商品掲載したら、見る人は心の中には5つの「ほしいコップ」が生まれ、結局は看板のキャッチ能力ではそのいずれもいっぱいにすることができないという結果になってしまうからです。
 できれば、看板に大きく一つの商品を掲載し、その作品がいかに優れているかを、あらゆる角度から描く。出版社から提供されたポスターやポップはこの場合、あまり威力を発揮いたしません。
 威力を発揮するのは、一般読者や書店員の手書きのポップです。
 これはちょうど口コミや何気ない第三者の一言と一緒です。
 支配された人の言葉ではない、つまり作為的でないから「ほしいコップ」は一気にいっぱいになり溢れて、買いたい!となるのです。
 
 なんてことを、改めて思い出し、改めて考え、また新たな知識を吸収している毎日でございます。
 
 明日は、久々の休日!
 この一週間は本当によくやったので、明日は本当に楽しめそうです。
 がんばれば、がんばっただけ、休みの日も充実するものなのだとおもいます。
 
 さて、風呂、溜まったな、ゆっくり入ろう、と思いつつ、今日も頑張ったので鼻歌でございます。
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2009年05月29日

REPORT 74 精神的M

 昔々、阪神タイガースがそれはそれは弱かった時代、僕は阪神ファンの級友に対してこう言いました。
「なんで弱いところをあえて応援するんだ? 負けるのを観て気持ちいいの? おまえ、精神的なMなんじゃないか?」
 巨人ファンだった当時の僕と、阪神ファンだった彼とは、無論、大げんかになりました。
 おそらく、その級友が僕に、巨人は金で選手を集めてどうの、と言ったのに対する売り言葉に買い言葉的なやりとりだったように思います。
 でも、今はわかります。
 故郷の宮城に楽天ができてからというもの、負けても負けても応援する人の気持ちはわかるようになりました。その後、、阪神も楽天も野村監督によってとても強くなりましたが。
 僕は自分をドSだと思っておりました。
 けれども、去年あたり、バイトの子にこう言われたのです。
「みうらさんって、Mですよねー。自虐的だし」
 その時はこう言い返しました。
「んなわけないじゃん! おれ、正真正銘のドSだよー」
 と、笑いながら言いつつも、どこか引っかかっていた僕はちょうど元カノから電話きていたときに、そういえばさ、と聞いてみました。
「おれって、Sだよね?」
 電話の向こうで少し間があって、元カノはまるで重大な病気を宣告するかのように言いました。
「あのね、自分ではSだと思っているようだけど、みうらくん、Mだよ」
 え? まじで?
 まるで自覚症状がなかったわけでございます。
 あ、おれってMなんだ。そうか、Mなんだ。
 何となく虚脱するような落胆がありました。
 それでまた、同じバイトの子が一昨日あたりの電話で言ったのです。
「みうらさん、Mですよねー。回りの人に聞いてみてくださいよ」
 わかってる。もう、回りの人に聞いたから。
 そう、おれはMなんだ。
「言っておきますけど、私はSじゃないですからね。Mでもありませんから、Nです」
 N? ニュートラルのN?
 すごい。面白い。真ん中は車のマニュアル・ギアみたいにNというのか。
 そう変なところで感心したのでした。
 
 何を言いたいのか。
 別に僕は自分の性癖を告白しているわけではございません。あくまで「精神的」なSかMかという話です。
 やはり、僕は精神的なMだ、と昨日今日で完全に実感しました。
 それと言うのも、僕は自分がふらふらになるまで自分ががんばらないと、自分が許せないことに改めて気付いたからでした。
 思い返してみれば、というか、このブログを今年の初めまで辿ってもらえればわかりますが、僕の去年の悩みはいかにして生活の中に「ゆとり」を取り入れるか、ということでした。
 去年を振り返るに、1秒たりとも後悔する時間はありませんでした。同じように2008年が始まったとしても、全く同じように2008年を過ごせる自信がないというほどに、徹底して目標を貫徹いたしました。達成率、実に100%。
 それ故に、夏場は若干体をこわしてしまいました。それで、今年は「7%のゆとり」を取り入れて、残りの93%をより輝かせようと挑んでいたのでしたが、最近の僕は93%どころか、70〜80%の達成率で過ごしていたのでした。
「どうした、おれ?」
 去年の自分が見たらきっとそう言ったことでしょう。
 それが、まだ昨日・今日と二日間なのですが、100%目標を達成し、ふらふらとなり、去年のあの感覚を完全に取り戻したのでした。
 そのふらふらとした感覚が、実に気持ちがいいのです。
 ふらふらとして初めて生きた心地がするというか、これだよ、この感覚だよ、と僕は失っていたものを取り戻したのでした。
 つまり、それこそがまさに精神的M。
 どうやら、極限まで頑張り、ふらふらになっている状況が、僕にとって何よりの喜びであるらしいのです。
 このタイミングで、この感覚が取り戻せて、本当に良かった。
 明日は行政書士の登録式で、これから極端にまた忙しくなります。
 それがうれしくてたまらない。激務よ、来い! どうか、来てください!
 まさに、精神的Mでございます。
 こうなれば、無敵でございます。心配かけた皆様、申し訳ございませんでした。
 これからが、本領発揮でございます。
 
 
 今日はS社長様、またランチにお誘いいただきありがとうございました。
 実に興味深い提案をいただき、本当にありがたく思っております。
 確かに、社長の提案をそのまま受け入れれば、当社の経営は一気に安定します。そして、僕にも時間的なゆとりができる。そして、当社のサービスを多くの皆様に広めていただくことができる。
 6月15日まで、入念にシミュレーションを繰り返し、返答いたします。
 それにしても、当社が提供するサービスをそれほどまでに買っていただき、改めて自信を持った次第であります。
 そして、何より、
 「みうらくんがやろうとしていることは、本当にいいことだから、応援したいんだ」
 との社長の言葉がうれしかったです。
 
 それと、そのランチの際、本当に偶然、隣の席に居合わせたUさん、メールでも言いましたが、びっくりしましたね(笑)。
 お互い、「あれ? 何してるの?」とフランクに話せる状況ではなかったので、その場では失礼しましたが。池袋、広いようで狭いんですね。それと、もう日付が変わりましたね、お誕生日だそうで、おめでとうございます!

 
 あれこれとりとめなく書いているうちに、お風呂がいっぱいになった様。
 さ、風呂入って、寝るぞ!
 明日も、フルスロットルでがんばるぞ!
 
 いや、このふらふらした感覚、たまらない、とMっぷりを確認しつつ、鼻歌をうたっている次第でございます。
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2009年05月27日

REPORT 73 フォーミュラ・ワン

 フォーミュラ・ワンとは言うまでもなく、世界最高峰のモーターレースのこと。F1と言った方がなじみがあるでしょう。
 F1はモータースポーツであると同時に、世界屈指の大会社が集う、技術競争の場でもあります。カートでレーサーを目指す人だけでなく、ロボコンなどで機会に夢中になっている人にとっても最高峰の夢の舞台なのです。
 世界最高峰の技術者たちが、コンマゼロ何秒の世界で熾烈な戦いを繰り広げるため、F1のマシンは少しずつ研磨されていき、必然的に美しいフォルムを持つこととなる。まるで、大理石から掘り出された彫刻、サンピエトロ大聖堂のピエタのように、そのマシンは無駄がなく美しい。
 そして、F1界にはそれを裏付けるような格言があります。
 「最も美しいマシンが、最も速い」
 その芸術的なマシンは、まずはスーパーコンピュータの中で、物理学の博士号を持つような、スーパープロフェッショナルたちの手によって形作られます。まずは理論的に最も速い車が、プログラムとして組み上がるのです。そして、1/4、または1/2スケールの模型を作り、そのマシンの上を風がどう流れるかを実験します。それが市販車でも使われる風を生む洞窟、「風洞」での実験です。ここで、極限まで空気抵抗を減らし、そのデーターを元に今度は実際のレーシングマシーンを組み上げるのです。そしてテストコースでのテストランとなる。
 ところが、この風洞実験の値と実際の外のコースで得られる値が大きく食い違ってしまうことがあります。理論的には完璧であっても、実際に走らせてみると思った通りの速さが出ないということがある。
 世界企業ホンダがF1を撤退したのは、まさにこの理論と実走との間でデータの食い違いがあったことが原因でした。
 スーパーコンピュータのはじき出した数字に基づく風洞での実験が、実際のスピードと食い違う。
 つまりは、どれだけすばらしい理論を打ち立てたところで、実際に速くならなければ、それは机上の空論に過ぎなくなる。
 
 
 4月からのおよそ二ヶ月間、僕が思い知ったこともまさにこの机上の空論だったように思われます。
 この一年間というもの、机上での理論は完璧なまでに組み上げてきました。けれども、実際に「株式会社」というレーシングチームを立ち上げて、レースに挑もうとするが、作業が遅々として進まない。レースを走らせるどころか、未だ肝心のマシーンが組み上がらずに、スタート・グリットにマシーンを並べることすらできない状況です。
 株式会社とは言うまでもなく、公に認められた法人であります。設立登記を済ませた時点で、商人として生まれ立ったことになります。商売に最も必要なものは、無論、信用でございます。
 それを重々承知の上で、僕はここにこう書かせていただきます。
 およそ二ヶ月間の僕の経営は失敗であったと。
 何をもってこう言うのか。
 僕は企業前から成功の第一条件は一年間資金をショートさせないことでした。
 厳密な意味で、この条件は未だに生きているとも言えますが、実質的には完全なる失敗です。すなわち、早々に追加融資で以後の事業資金をまかなうことになりました。
 断腸の思い、とはまさにこのことで、恥を忍び追加融資のお願いをいたしました。それで快く引き受けていただき、十分なほどの活動資金を再び得ることができた次第でございます。
 活動資金を得たとは言え、これは借金であり、実質的には一度倒産したも同然です。
 まず、これを認めなければ何も始まらないと思い、あえてここに事実を書きました。つまり、ここからが本番ということです。
 短い期間でしたが、僕は苦悩しました。資金のこと、これからのこと、現実的に山積する様々な問題。毎日が今まで味わったことのない恐怖との戦いだったと言ってもいい。その恐怖によって、明らかに僕は萎縮しておりました。当初の計画で言っても、その営業展開達成率は20%に満たない状況だったのは、ひとえにそれが原因です。人のふんどしで戦うときにはいくらでも無茶ができたというのに、いざ自分のふんどしで勝負をしてみると、得意の攻めが全くできなかった。押し出す勇気を持てなかった。やる気だけが空回りして、攻めるべきところ、投ずるところを見失い、結局は時が金であるということを認識しないまま、運転資金を消耗して行ったのです。中途半端もいいところでした。前に書いた、ナポレオンの敗因と同様、僕は時という敵の、各個撃破の対象となっていたのでした。
 
 さて、なぜ僕はこう赤裸々に書いているのでしょうか。 
 間違っても、諦めたからではございません。全くの逆で、ようやく確かな手応えを感じ始めたからです。ようやくレースをするための条件が整いつつあるからです。すなわち、戦うためのマシーンが完成しようとしているのです。 
 僕の失敗はレーシングチームの運営であって、レーシングマシーンの設計は間違いのないものだったと思っております。マシーン、すなわち商材サンプルを作り上げていくうちに、このサービスは間違いないと自信を抱くようになりました。あとはレースを走らせる状況に持って行けばいい。そして、追加融資の決定で、それが現実のものとなろうとしているのであります。レースを走ることができれば、勝つ自信はあります。つまり、マシーンができつつある今、あとはレースを走るための営業が必要となるということです。
 それも今週の金曜日に行政書士としての登録式を経れば、ようやく実質的に行政書士としても活動できるので、営業の面でも大きくプラス要因となります。
 とにかく、後は僕の実際のレースを観ていただくしかないでしょう。これからが本当の正念場ということになります。言葉を、行動で証明して行かなければならない。
 心機一転して戦いに挑むためには、まず失敗を認めるところから始まる。
 そう思い、今回このような形のブログを書かせていただきました。
 これによって、会社としての信用が著しく傷つくのも覚悟の上です。
 これからの僕の奮闘をご覧いただければと思っております。
 
 また、いつもたくさんの応援と支援、本当にありがたく思っております。
 
 それと、イニシャルもなしで匿名でいきますが、昨日の電話で吹っ切れたところがありました。おそらく、その人はこのブログを読む暇もないほどに奮闘中でしょうが、一応書いておきます。
 利益を出してこそ、夢や理想を唱えられる。
 企業は結局は利益を出す人材を欲しているのだ。
 まさに、その通りだと思いました。
 僕の場合、若い人々の夢を支えるために、僕自身が財務基盤を整備しなければならない。つまり、会社として利益を上げないことには、なにも始まらないのだと改めて気付かされました。
 いつも、どん底の時、助けてくれてありがとうございます。
 君も僕と同様、社会の巨大な壁に挑んでいるところなのでしょう。あるいは、僕よりも厳しい戦場に身を置いているのかも知れない。
 お互い、がんばりましょう!
 
 
 
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2009年05月24日

REPORT 72 モスマック症候群

 昔から、気になる会話がございました。
 特に若い女性たちの中での会話なのですが、それを聞くとどうしてかゲンナリしてしまうのです。
「あたし、マックあんまり食べないんだよね−。マックよりもモスがすき」
「あ、わたしもそれわかる−」
「だよねー」
 言うまでもなく、マックはマクドナルドでモスはモスバーガー。両方ともファーストフードのお店でございます。
 たいていの場合、このやりとりにおいてまず出てくるのはマックという単語です。マックという単語のみで終わっていいはずの会話に、なぜかモスという単語がかなりの確率で顔を出すのです。
 この会話は、同族確認、および共鳴確認的な静かな微笑で終了いたします。
 本人たちは、どうやらそれでマックを好きな人たちよりも自分たちを高いところで差別化しているのらしいのですが、実はそれ、大変申し訳にくいですが、自分のつまらなさを強調しているだけだと僕は思うのです。
 だって、どちらもファーストフードじゃないか。そもそも、値段の設定が違うじゃないか。と、いうか、マック、ふつうに美味いじゃないか。
 ポテトチップとかガーナチョコとかカップラーメンとか普通に美味いですよね。当然、ゴディバとか行列ができるラーメン屋さんのラーメンとかの方が美味いに決まってますが、それをあえて強調する必要ってないですよね。当然のことですから。
 なのに、なぜ若い女の子の会話の中で、マックはモスによっておとしめられるのか?
 仮にそれをモスマック症候群と名付けましょう。
 
 その感染理由をお答えする前に、もう一つ、同様の人たちの会話の中でよくあるものを紹介しておきましょう。
「あー、あたしあんまりテレビとかみないんだよねー」
 だから? それって偉いの? 何アピール? 
 それを言うのは圧倒的にマスモック症候群の人に多い。統計的に見て、モスマック症候群の人がこの症例を併発する場合が多いのです。
 断っておきますが、仕事や勉強などで普通にテレビを見ない人、または本当にどうしてもマックが嫌いな人は今言っているモスマック症候群には含まれません。ここで話題にしているのは、聞かれてもいないのにモスを引き合いに出し、聞かれてもいないのにテレビを否定する人のことです。
 なぜその症例を発症する人が多いのか?
 答えは至極簡単でございます。
 先ほども少し申し上げましたが、一般大衆と自分をほんの少しだけ差別化したいのです。
 ここで重要なのは、「ほんの少しだけ」というところ。それ以上に差別化が飛躍してしまうと、逆に「変わり者」のレッテルを貼られてしまうからです。
 それでは彼女たちはモスマックを言うことによって、本当に一般大衆とは差別化されるのでしょうか?
 される訳がございません。むしろ、皮肉なことに更に一般化が進む、あるいは、lこれで生涯一般化の呪縛から抜けられなくなった、と言ってもいい。
 なぜなら、モスもマックもファーストフードに他ならず、大差ないからです。そこのところで大差あるように見せかけるのは、自分自身が一般化から抜け出せない何よりの証拠となります。
 彼女たちにとっての一般化からの脱出大冒険が、マックからモスでしかなかったということです。
 それで、僕はゲンナリするのです。あまりに不憫だからです。
 
 
 ですが、このモスマック症候群は日本人の国民病と言っても差し支えないのではないでしょうか。
 このモスマック症候群が、日本人の感性的な基盤に巣くっているからこそ、日本は類を見ない流行主義社会となってしまっている。あれがいい、となると一斉にみんなが群がってしまうのです。ところが、当の本人たちは自分たちが流行のただ中にいるとは意識していない。一般のつまらない人よりも一段階高いところにいると思い込んでいる。しかし、すこし俯瞰してみると、それは流行のただ中に他ならないことがわかるはずです。まさに、モスマックの症例のように。
 
 じつは、ここからが本題でございます。商売をやろうとしている人、商売をやっている人は是非聞いてもらいたい。
 日本人の多くが、このモスマック症候群に感染しているからこそ、逆に流行を仕掛ける方としては商品やサービスの発信がやりやすいと言うことになる。マーケティングが、かなりの精度で通用することになります。
 前職にある際も、さらに大学などで話させていただいた際も、ベストセラーの理由を聞かれると、僕は必ずこう申し上げてきました。
「90%のベタと、10%の変化」
 つまり、ベタの方が人は安心するのです。ドラマでも音楽でもそうでしょう。ヒットするのはみんなベタなものです。一昔前の韓流や恋愛小説ブーム、モーニング娘。などをみればわかるでしょう。けれども、人は完全にベタなものは求めていない。10%程度の変化を求めているのです。
 たとえば、小説・映画『容疑者Xの献身』などがいい例です。あの話は90%ベタな話で、最後の10%において話をひっくり返し、大ヒットした。つまり作者や制作者の「サービス」によって90%読者や観客は安心しきっていたのです。これくらい、予想がつくさと、作品制作者よりも精神的な優位な状況で物語を楽しんでいる。これは実は読者・観客によって、とてもここちのいい状況です。デパートで丁寧なサービスを受けて、自分が偉くなったと勘違いしているような状況とかわりございません。
 ところが、エンターテイメントにおいて、100%のベタは「つまらない」と切り捨てられることとなります。それで10%程度の変化が必要となる。それが『容疑者X』における、最後のどんでん返しだったりするわけです。
「やられた! 油断してたよ!」この興奮が「おもしろさ」となり、ひいては作品のヒットにつながるのです。
 つまり、作る側、売る側としては大いにこのモスマック症候群の理論を応用すればいいということになります。そういった習性を知ることで、必然的に売るためのアプローチが変わってくるものと思われます。
 
 ちなみに、モスマック問答で僕が安心するのは、こういう答えをする子がいた場合です。
「あたし、マックすきー。ポテトとか無性に食べたくなるときあるよね」と素直に言える子か、あるいは逆に「そもそも、私、ファーストフードとか食べないから」と衒うことなく言う子。
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2009年05月21日

REPORT 71 夢見るタンク

 今日、遅めの昼食をとりつつ、再放送の『華麗なる一族』をテレビでぼんやり見ていました。
 で、思いがけず大泣きしてしまったわけです。
 ティッシュ一枚レベルの泣きと思いきや、二枚でも足りず、三枚目、鼻をかんでみるとなぜか鼻血までちょっと混じっていて、苦笑でございます。どんだけ興奮しているんだと(笑)。
 キムタクの鉄平が本当にかっこよく、その理想を掲げるところが痛々しく、父親をはじめとする弱い者軍団がつるむところが憎たらしく、それに対しても最後まで正々堂々とした鉄平が実にけなげで、まさにドラマとはああいうものなのだと改めて痛感いたしました。
 ネタバレになって恐縮ですが、鉄平さんは遺書においてこんなことを言っておりました。
「夢をみるということはもしかして弱いということかも知れないが、夢からくる情熱のみが新しい時代を切り開くことができるのだ」
 同感であります。まさにその通りだと思います。
 時に、理想とは青臭く、人によって煙たいものです。
 しかし、こいつ、あほか、と周囲が思うほどに唱えなければ、それはきっと実現しないのだと思います。
 夢に狂うほどでなければ、きっと事は成せないのでしょう。
 たとえば恋愛に傾倒するように、四六時中その夢について考えているということにならなければ、実現は難しい。
 朝起きて、今日は何ができるだろうかと考え、トイレに入り、こう動くべきだとうなり、朝飯を食べながら、さあ、やるぞ、と自分自身にはっぱをかけ、音楽を聞いて戦闘モードに切り替え、あとは遮二無二やるのみ!
 それを戦略的にやることができれば、申し分がない。
 昨日の失敗をぐじぐじと落胆する代わりに、顔を上げて今やるべき事を考えることができれば、おそらくその人は無条件で勝負に勝つ。
 失敗は誰にでもあります。その時にどういった見地にあるかということで、成功者とそうでない人が大きく二分されてしまうのではないでしょうか。
 すなわち、自己弁明、自己保身の理論武装に走り、からにこもってしまっては絶対に成功することはできない。
 自分の何が悪かったのかを客観的にとらえ、では次はどうすべきかを考えられる人こそが、結局は成功をつかむのだと思います。
 昨日の失敗を正当化する暇があるのなら、明日の成功を想像した方がいい。
 重要なのは、いいわけではなく、失敗を認め、常に未来に希望をつなぐということだと思います。
 そして、希望を持つ、夢を見るということは、言葉でいうのは簡単ですが、恐ろしいほどのエネルギーを要します。たとえ、フェラーリに乗っていたとしても、ガソリンタンクが1リットル分しかなければ、人生という名のレースに勝つことはできません。
 そう考えてみると、夢を持ち続けること自体が一種の才能なのかもしれません。
 消耗戦になったときに、あいつ、どんだけガソリン積んでるんだとライバルが呆れるほど夢を持ち続ける人が、結局最後には勝つのだと思います。
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REPORT 70 8月15日に生まれて

 ご存じのように、8月15日は終戦記念日であり、お盆であります。
 僕はこの日に生まれました。
 そして、フランス皇帝にまで上り詰めた、ナポレオン・ボナパルトも8月15日生まれでした。
 僕は小学校低学年の時分から歴史が好きで、学校の図書館で偉人伝などを読んで、一人で興奮しておりました。偉人伝と言っても、その当時読めたのはマンガシリーズでしたが。
 そこでナポレオンと誕生日が同じだということを知って、勝手に親近感を抱きました。
 本当は小説家を目指していたのだというところも、親近感を持つゆえんの一つです。
 彼は小説家になることを断念し、用兵という分野に進み、自分でも思わぬことにその分野で才能を花開かせます。
 あれ、おれ、こっちが向いてたんだね。
 どんどん軍功をあげて、出世をしていくうちに、おそらく田舎出のナポレオンはそんな風に思ったのではないでしょうか。
 自分では至極普通にやっているつもりだったが、知らぬ間に誰もがついて来ることができない境地に達していた。
 なんだかなー、と思ったかも知れません。
 そして、ナポレオンの決して芸術的ではなかった文才の方は、また意外な分野で力を発揮しました。それが、法律の分野でした。
 近代法の元になったとも言われる、いわゆる「ナポレオン法典」をつくったとき、ナポレオンは一度もつっかえることなく、とうとうと条文を作り上げたと言われています。もちろん、伝説でしょうが、それに近いことはあったと思われます。つまり、法的観念に間違いなく優れていた。ルールを作る達人だったとも言える。
 おれ、本当は小説とか、書きたかったんだけどな−。
 そうナポレオンは苦笑したかもしれません。
 ナポレオンは無敵の印象がありますが、常に勝っていたわけではありません。むしろ、要所要所の大切な場面で大負けしているんです。
 ロシア遠征もぼろ負けだったし、そして運命のワーテルローでも戦術的なミスで、イギリスのウエリントンに負けました。
 その時、ナポレオンが犯した戦術的なミスとは実に基本的なことだったのです。
 すなわち、戦力の分散が敗因だった。
 古今東西問わず、兵法の世界において、戦力の分散とは決してやってはならないことです。なぜなら、各個撃破の対象となってしまうからです。戦力はなるべく集中してこそ力を発揮します。
 
 そのことに、今日僕も気づきました。
 あれもこれもではなく、一つの方法について深度を深め、実走させてみる。
 深度を深めることによって、その分野において絶対的な自信を持つことができ、成功率が高められる。
 このブログも次第に商用の趣が強くなってくるために、企業秘密として何の分野の深度を深めるかはここで述べることはできないのですが、僕はある分野の攻略のため、本格的な研究に着手いたしました。
 準備を済ませた後は、とにかく実走させてデータを取らなければ何も始まりません。
 ミス・アンド・トライの実践でございます。
 仮説に基づき、戦略を立て、そして実走させて、何が悪かったかを検証し、さらなる仮説を立てる。
 そうやって繰り返すことでしか、新しい分野とは切り開くことはできないのかも知れません。
 何せ、新しいことをやるのだから、先達のピンポイントな成功談など存在するはずがないのですから。
 つまり、すべては自分でやってみなければならない。自分を信じるしかないということです。
 
 それにしても、このチャレンジできているということが楽しくて仕方がありません。
 自分の能力を極限まで試せるという喜びは、もしかして至上のものかも知れません。
 今日も気がつけば、朝から夜の十時までほぼノンストップでした。誰にやらせられていることでもないので、どこまでも追究できる。チャレンジできる。
 やはり、起業とは面白い。
 軌道に乗せることができたら、さらに楽しいだろうな、と想像するとやる気が満ちて参ります。
 
 皆さんも会社つくってみませんか、などと行政書士事務所的に宣伝などしつつ、今日こそは早く寝てやるぞと思っている次第でございます。
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2009年05月19日

REPORT 69 オフサイド

 日韓ワールドカップによって、サッカーは一躍国民的スポーツとなりました。
 そのときに、よく知られていなかったオフサイドのルールについて、多くの人が理解したのではないでしょうか。
 オフサイドはいわゆる「ファール」であり、相手側にボールが渡ってしまいます。つまり、攻撃の失敗です。
 ただし、オフサイドとスルーパスからのゴールは、本当に紙一重のこと。
 天才と馬鹿よりも紙一重です。
 代表戦だったか、オリンピック予選だったか、とにかく日本代表の試合をテレビで見ていたときのこと、解説の誰かがオフサイドを取られた選手を拍手で讃え、こんなことを言っていました。
「よしよし、その調子でいけ。10回に1回でもオフサイドにならなければ、それは成功なんだ」
 つまり、9回の失敗も含めて、それが成功となるということです。前の9回のチャレンジがなければ、その得点はなかったのですから。
 繰り返しますが、オフサイドとスルーパスからのゴールは紙一重です。
 そして、チャレンジがなければゴールはあり得ない。
 
 僕の人生はオフサイドの連続だったと言っていい。
 つまり、ファール、失敗の連続でした。
 けれども、僕はどんな局面におかれても、一度たりともチャレンジすることを止めなかった。それだけは誇れることだと思っております。オフサイドはそういった意味で、チャレンジの勲章とも言えるのではないでしょうか。
 この勲章が積み重なることによって、ようやくゴールにたどり着けるのだと僕は信じております。
 サッカーの試合を見ていてもそうなのですが、オフサイドを繰り返していると、ゴールの予感というものを、実際に試合をしている人だけでなく、見ている人みんなが感じる時があります。そういうときはたいてい、まもなく本当にゴールシーンを見ることとなります。
 今、その段階なのだと僕は思っています。
 オフサイドの連続。失敗の連続。けれども、それはゴールが生まれそうな予感を抱かせる失敗です。成功直前の失敗。それはきっと、成功のための失敗なのでしょう。その失敗がなければ、その成功はあり得ないという、因果関係にある失敗。つまりは尊い失敗。
 そう考えてみると、有意義な失敗は恐れるべきではありません。忌み嫌うべきでもない。尊ぶべきことなのかもしれません。
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2009年05月16日

REPORT 68 百戦して危うからず

  本日は、この前までお世話になっていた会社の営業本部長Nさんと出版社K社の営業副部長Wさんにお誘いいただいて、映画『ハゲタカ』の試写会に行って参りました。有楽町は、やっぱりあこがれの町です。そのあこがれの町に、東池袋から15分程度であっという間についてしまうとは、やはり僕はとんでもない都会に住んでいるということでしょう(笑)
 コンピュータとの格闘は結局は今日の朝方までかかり、一度は今日のお誘いをお断りしたのですが、どうしてもきなさいとのことでしたので、参りましたら、やはりとてつもなく楽しかったです(笑)。映画も面白かった。
 
 K社さん主催の試写会でしたので、『ハゲタカ』の作者の真山さんもいらして、映画の前に講演していただきました。最近の経済情勢は小説でこれはないだろうというくらいに劇的にしても、現実の方がさらに劇的なので、その上を目指さなければならないというような興味深いお話をされていました。真山さんは元々は読売新聞の記者をされていた方で、だからああも詳しくかけるのかと納得した次第でございます。
 『ハゲタカ』の主人公、鷲津は今回も相変わらずかっこよかった。
 情報が金になるということ、つまり知識こそがビジネスにとって命だということを、改めて思い知らされました。最近僕は雑務に追われ、その重要なことを怠っていたのでした。
 もしかして、法律の勉強をしていた去年の方が、それ以外の勉強までできていたかもしれません。働き、行政書士の勉強をしながら、週に一度はジュンク堂に通い、別の勉強もしておりました。それが確実に自信につながっておりました。けれども、いざ起業となると、引っ越しだ、許認可の手続きだ、トラブルの処理だといった雑務で時間がとられ、知識を吸収する機会が少なくなってしまいました。思わぬ事態でございます。これはなんとか早い段階で修正しなければなりません。
 映画の主人公、鷲津はドラマではこう言っていました。
「腐った日本を買いたたく!」
 そして、今回はこうです。
「アメリカを買いたたく!」
 あまり話してしまうと、ネタバレになってしまいますからこれくらいにしておきますが、彼らがその世界を席巻できるのは、非常に高いレベルの知識や情報を持っているからに他なりません。そして、常に知識や情報が入り込んでくる状況を作り出している。それだから、勝ち続けられるのです。
 中国の兵法家、孫子もこう言っています。
 彼を知りて、己を知れば、百戦して危うからず。
 つまり、古今東西問わず、知識と情報が勝つ上での重要なファクターになっていたことは間違いないようです。
 そして、知識や情報とは、インターネットや本で得られる部分というのは限られております。やはり重要なのは、ミス・アンド・トライを繰り返し、自分でその真偽を確かめること。そして、一つのミスで落胆しないことです。今まさにぼくはミス・アンド・トライを実践している段階にあるのだと思います。それを繰り返すうちに、必ず進むべき方向を見つけ出せるものと思っております。
 
 試写会が終わり、お食事会となりました。
 僕の起業セットをお渡しすることもでき、また実に興味深い業界のお話を聞かせていただきました。僕はもとより、NさんもWさんも話す人だったので、時間はあっと言う間に過ぎていきましたね(笑)。帰りの地下鉄でもWさんとは話まくりで、それでも話足りないくらいでした。また、是非、お誘いください。
 Wさん、ごちそうしていただき、ありがとうございました。
 Nさん、いつもお土産をいただき、ありがとうございます。
 
 *お二人とのお約束通り、さっそくブログに書かせていただきました(笑)。
 
 あと、Mさん、今日はそういうことでしたので、本当にすみませんでした。
 5月の終わりか6月の頭、必ず埋め合わせをいたします。

 
 さらに、宮城塩竃市のS様。
 起業のお祝いをいただきまして、本当にありがとうございます。また、温かい励ましのお言葉までいただきまして、うれしし限りでございます。
 
 こういったうれしいことの連続で、必ず軌道に乗せてみせると、やる気に満ちている次第でございます。
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2009年05月15日

REPORT 67 ターミネーターの予兆

 もし、機械が意思を持ってしまったら?
 それが『タイタニック』でも有名なジェームズ・キャメロン監督が描いた、『ターミネーター』の世界の大前提です。
 核戦争後の未来に、機械が意思を持ち、生みの親である人間を抹殺しようとする。機械は効率よく生き残った人間を殺していき、全滅まであと少しというところまできていました。ところが、人間が結束して反撃に出るのです。その時、人類を率いたリーダーがジョン・コナーだったのです。ターミネーターシリーズの1,2と未来のジョン・コナーは姿を見せないのですが、見せないからこそその偉大さが、格好良さがひしひしと伝わってくる! あれはまさに名作だと思います。あのジョン・コナーの描き方は手放しにかっこいい!! 様々なヒーローが映画上に誕生しましたが、その姿を見せずにその格好良さを見せつけたという点で、ジョン・コナーは異色だったのではないでしょうか。そのジョンが機械たちと戦っている時代を描いた作品がついに6月封切られます。『ターミネーター4』です。楽しみで仕方ない。
 (ちなみに『ターミネーター3』は僕の中で存在しなかったことになっています。間違っても、どんなに暇でもみるべきではありません。2から4に行って問題ないでしょう)

 


 別に僕は映画の宣伝をしたいわけではございません。
 僕はこの三日三晩、コンピュータと真剣勝負の格闘を繰り広げていたのでございました。完全リカバリーすること3回、ソニーカスタマーセンターに電話すること7回。僕はついに僕のコンピュータを苦しめていたプログラムを発見し、それをつまみ出すことに成功したのでした!
 静かなる勝利(笑)。
 誰もたたえてくれない、地味な勝利です。
 このプログラムのおかげで、どれだけ時間をロスしたことか。おかしいな、風邪気味かな、程度には一ヶ月ほど前から思っていたのですが、まさかリカバリーまですることになるとは。
 ちなみにリカバリーとは買ったときの状態に戻すという、気の遠くなるような作業です。今まで積み上げてきたシステムがすべて消されてしまう。インターネット接続やメールの設定はもとより、様々なソフトもいれていたので、それもまた入れ直さなければなりませんでした。それを、3回もやるはめになった(苦笑)。
 ソニーのオペレーターは、いわずとしれたプロ中のプロなんですが、彼らを持ってしても原因を突き止められなかった。なぜなら、物体とは複雑になればなるほどに人間などの高等動物により近くなっていくからです。つまり、作った人間にさえも手に負えなくなる。
 コンピュータの調子が悪い、というのは実に人間の体調が悪いと同じようなもので、その原因が風邪などと簡単に特定できればいいけれども、原因不明の場合は専門家、つまり医師でもお手上げとなる。ソニーのオペレーターはこの場合、医師に近い。彼らでも、今回の症状は治せなかった。3回のリカバリーとはまさに3回の大手術のようなもの。それを乗り越え、僕のコンピュータは完璧に機能を取り戻しました!
 仕事がら、映像の編集を繰り返していたので、それが負担となってシステムが徐々におかしくなってきたとはじめは思いました。ある手順でソフトを走らせ、一度機能が停まってしてしまうと、次に起動したときには全く同じところで機能が停まってしまう。その症状が一つのソフトだけでなく、いくつかのソフトであらわれたのです。まるで、好き嫌いをする子供のように、コンピューターは僕の命令を拒絶するようになった。
 ソニーのオペレーターにもこう言いました。
「たとえば、ある手順で操作していき、一度そこでエラーが出ると、同じような状況でコンピュータが同じように停まってしまうということはあるんですかね。コンピュータがまるで意思を持ったように動かなくなるなんてことは、ないですよね?」
 オペレーターは丁寧な口調で答えてくれました。
「プログラムが複雑になってきていますので、我々でも予期しないことが起きるということはあり得ますね」
 つまり、コンピュータが意思を持つこともあるってこと?
 それは、まさに僕の好きな『ターミネーター』の世界ではないか!!
 でも、結局は違ったんです(笑)。
 原因は、ペン・タブレットに付属していた、ドライバ・ソフトと編集用ソフトの相性が悪かったと言うこと。
 コンピュータが意思を持って好き嫌いを言っていたわけではなかったのです。
 とにかく、原因がわかって本当によかった!!粘り勝ちです。修理に出しても、長期戦になったはずですから、本当によかった!
 今までだましだまし使っていて、作業が遅かったんですが、これからは全開でいけます。
 悪戦苦闘したおかげで、このコンピュータのことも、編集ソフトのことも詳しく知ることができたので、雨降って地固まる、ということで、結果オーライでございます。
 それに、こういったトラブルがあった方が、燃えるというもの。
 これからは遅れを取り戻すべく、完全本気モードで参ります。
 山のようにたまった仕事をまずは片っ端から片付けていこうと思います。
 

 

 メールマガジン版『未来に贈る自分物語』の登録にご協力いただいた皆様、誠にありがとうございます。
 コンピュータも復旧いたしましたので、明日、明後日にも第一号を送信しようと思います。
 また、まだ登録なされていない方は、協力お願いいたします。
 

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 小学時代の恩師H先生、激励のお手紙、ありがたく拝見いたしました。今僕がこうしてチャレンジしているのは、あるいは先生との出会いがあったからかもしれません。
 僕が常に言うところの「自分として最大でありたい」という言葉は、先生が常に言っていたところの「自己新記録」と同義だと思います。それをあのお手紙で気づかせていただきました。
 「自己ベストを!」という力強いお言葉をみて、変わってないなと笑ってしまいました。
 また、この前、先日までお世話になっておりました会社の社長にランチに誘っていただきました。営業に関しての具体的な提案、本当にためになりました。実現すれば僕にとってはこの上なくいい話です。これからもお世話になることと思います。忙しい中、気にかけていただき、本当にありがとうございます。
 G女子大学のTさんとN大学のOさんとは、久々楽しく話せました。とくに「2ウィーク」は面白かった(笑)。ああいう風に、いつも素でいられればTさんは無敵だと思います(笑)。Oさんは、レーシックどうだったでしょうか?これからですかね。
 また、いただいたお手紙やメールの多くにまだ返事もできずに申し訳ございません。コンピュータとの戦闘も終わりましたので、来週中にはお送りできるかと思います。
 それとN県で奮闘中のOくん、先輩方にもまれているようですね。急速に成長することと思います。お互いに志を失わずにがんばりましょう!
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2009年05月11日

REPORT 66 視線を上げるということ

 前にもこのブログに書きましたが、僕はこう思って生きてきました。 
 
 人生には、面白いか、面白くないかしかない。
 
 だったら、面白く生きた方がいい。
 けれども、面白く生きようとすれば、当然のようにリスクがつきまといます。
 そのリスクをも、面白いと考えられる人こそ、最終的には勝者となる人なのでしょう。
 結局は、同じ物事をどうみるかということ。
 円柱は、上から見ると円に見え、横からみると四角に見える。きっと、物事の多くもそうなのだと思います。と、すればどの視点に自らを持って行けるかということが勝負の分かれ目になりそうです。
 それにはあまり物事をド近眼的に見ずに、距離を持って見るということが必要になる。
 つまり、大局的に見て、今自分は何をしようとしているのか、またはこの失敗はどういう位置づけになるのか、ということを認識できるようになれば、行くべき方向を見失わなくなるのではないでしょうか。
 あまり足下だけを見て、くよくよ悩むのではなく、視線を上げて遠くを望むようになれば、つまらないイライラや小さな不安は少しずつ消えてなくなります。
 重要なのは、今、自分が何をすべきか、ということを常に自身に問いかけることです。ただし、焦ってはならない。焦ってド近眼的になれば、行くべき方向を見失ってしまう。
 
 ということで、僕は視線を上げてみたのですが、あまりに自分がド近眼的だったことに気づき、愕然といたしました。情けなくなりました。ま、でもこれも勉強だと開き直りました(笑)。
 それで改めて五月六月のやるべきことを洗い直してみると、まったく問題がないことがわかりました。
 計画を立てるのに重要なのは、それが必ず達成可能だということです。
 去年、行政書士の勉強をしているときは、週に一度必ず調整日を設け、一日一日目標を達成すると、携帯用のカレンダーに小さな「済」の印を押していました。些細な行動ですが、不思議とこれがモチベーションを保つ秘訣となった。無理な目標を立てて、未達成が積み重なっていけば、まるで借金を抱えていくように、人は焦ります。やる気がそがれます。そうならないためにも、実は計画立案、目標設定とは時間をかけて入念にやらねばならないのです。これを誤ると、大きく達成率を落とすことになる。逆を言えば、これさえしっかりしていれば、結構無理と思われるよな高い山にも意外に登れるものなのです。
 無理のない、着実な計画。日々の達成。
 その積み重ねが巨大な夢の達成へとつながるのです。夢の達成にはその方法しかないとも言える。
 つまり、それがいつも言っているところの「戦略的に」ということでもあります。
 
 
 
 ここに書ききれないほど多くの方に、本当にあたたかい応援をいただいております。
 なんとお礼を申し上げていいものやら、戸惑うほどです。 
 おそらく皆さんの気持ちに答えるのに一番いいのは、成功することだろうと思います。
 皆さんのおかげでこうして成功いたしました。そう心から言えるように、努力するのみです。
 母の日で電話をした際に、母にも言われました。
「おまえ、恩を返さなければならない人が、本当に多くいるね」
 まさに、その通りです。皆さん、親身になってアドバイスしてくれます。応援の手紙をくれます。メールをくれます。
 それが、確実に力になっている。この力を生かさない手はありません。

 無理は、戦略的ではない。寝なければいいというものでもない。
 着実にできることを、こなしてゆくだけです。
 やるべきことを、やるべきように。
posted by 発起人 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記