2009年05月21日

REPORT 71 夢見るタンク

 今日、遅めの昼食をとりつつ、再放送の『華麗なる一族』をテレビでぼんやり見ていました。
 で、思いがけず大泣きしてしまったわけです。
 ティッシュ一枚レベルの泣きと思いきや、二枚でも足りず、三枚目、鼻をかんでみるとなぜか鼻血までちょっと混じっていて、苦笑でございます。どんだけ興奮しているんだと(笑)。
 キムタクの鉄平が本当にかっこよく、その理想を掲げるところが痛々しく、父親をはじめとする弱い者軍団がつるむところが憎たらしく、それに対しても最後まで正々堂々とした鉄平が実にけなげで、まさにドラマとはああいうものなのだと改めて痛感いたしました。
 ネタバレになって恐縮ですが、鉄平さんは遺書においてこんなことを言っておりました。
「夢をみるということはもしかして弱いということかも知れないが、夢からくる情熱のみが新しい時代を切り開くことができるのだ」
 同感であります。まさにその通りだと思います。
 時に、理想とは青臭く、人によって煙たいものです。
 しかし、こいつ、あほか、と周囲が思うほどに唱えなければ、それはきっと実現しないのだと思います。
 夢に狂うほどでなければ、きっと事は成せないのでしょう。
 たとえば恋愛に傾倒するように、四六時中その夢について考えているということにならなければ、実現は難しい。
 朝起きて、今日は何ができるだろうかと考え、トイレに入り、こう動くべきだとうなり、朝飯を食べながら、さあ、やるぞ、と自分自身にはっぱをかけ、音楽を聞いて戦闘モードに切り替え、あとは遮二無二やるのみ!
 それを戦略的にやることができれば、申し分がない。
 昨日の失敗をぐじぐじと落胆する代わりに、顔を上げて今やるべき事を考えることができれば、おそらくその人は無条件で勝負に勝つ。
 失敗は誰にでもあります。その時にどういった見地にあるかということで、成功者とそうでない人が大きく二分されてしまうのではないでしょうか。
 すなわち、自己弁明、自己保身の理論武装に走り、からにこもってしまっては絶対に成功することはできない。
 自分の何が悪かったのかを客観的にとらえ、では次はどうすべきかを考えられる人こそが、結局は成功をつかむのだと思います。
 昨日の失敗を正当化する暇があるのなら、明日の成功を想像した方がいい。
 重要なのは、いいわけではなく、失敗を認め、常に未来に希望をつなぐということだと思います。
 そして、希望を持つ、夢を見るということは、言葉でいうのは簡単ですが、恐ろしいほどのエネルギーを要します。たとえ、フェラーリに乗っていたとしても、ガソリンタンクが1リットル分しかなければ、人生という名のレースに勝つことはできません。
 そう考えてみると、夢を持ち続けること自体が一種の才能なのかもしれません。
 消耗戦になったときに、あいつ、どんだけガソリン積んでるんだとライバルが呆れるほど夢を持ち続ける人が、結局最後には勝つのだと思います。
posted by 発起人 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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