2009年04月21日

REPORT 59 いす取りゲーム

 安定している椅子を、どうやって確保するか。
 人ごとのようにぼんやりと人生というものを眺めてみると、結局はそういうことなんじゃないかと思えてきます。
 安定した職業に就くために、幼い頃から勉強に明け暮れ、いい高校いい大学に入り、いい企業に就職する。
 それで安定した生活を手に入れるために、安定した相手を選ぶ。
 けれども、安定した椅子というものはそうそうあるものではなく、必然的に競争がおきる。就職活動がそうであり、いわゆる婚活なるものも、きっとそうなのでしょう。
 つまり、人生とは椅子取りゲームのようなもの。
 要領よく安定した椅子に座れた者が、安定した人生を送ることができる。とても幸せになれる。
 果たして、そうでしょうか。
 そのゲームに敗れ、椅子を確保できなったからと言って、悲観すべきではないと僕は思うのです。
 誰が作ったか知れない、意味不明のルールに支配されたそのゲームに負けたからと言って、人間の本質的な部分が否定されるということでは決してない。たとえば、ゲームセンターに行って、モグラ叩きが下手だからと言って、誰もそれで人間の価値を計る人はいない。逆にモグラ叩きがうまい人というのは、単に慣れているか、要領がいいだけのこと。それができるからといって、人間的に優れているとは限らない。
 ゲームとはやはりゲームでしかなく、それなのに現代の世の中においては、大まじめにわけのわからないゲームに参加しなくてはならない局面というものに数多く遭遇することになります。
 たとえば、先ほど上げた就活がそうであり、婚活もまたそうでしょう。
 人間の尊厳とはいったい何だろうかと思います。特に就活などそうです。不条理な競争の中で、同じ服を着させられ、同じようなビジネスマナーを覚えさせられ、同じような履歴書を書かせられ、同じような問題を解かせられ、そして挙げ句の果ては、いらない、と言われる。自己嫌悪に陥る。
 それで本当に人間を見抜けるのでしょうか。就活というゲームが先鋭化すればするほど、同じような就活生が面接に列を作ることとなる。完全に企業用にならされた就活生の中から、人事担当者は本当に才能を見いだすことができるのでしょうか?できるのだとすれば、その担当者はおそらく人間をこえた存在でしょう。
 そうやって、就活期間を経て、人間がせんべいのようにうすっぺらに引き延ばされて、社会にどんどん送り出されてゆく。彼らが引っ張る社会とは、いったいどうなってしまうのでしょうか。
 日本は本当に大丈夫なのかと、僕は危惧します。
 断っておきますが、僕は就職活動を一度もしたことがありません。ですから、就活に個人的な恨みはございません。客観的に見て、そう思うのです。今、就活を頑張っている子達を見て、憤りを覚えるのです。彼ら、彼女らがあまりにかわいそうだから。
 就活という期間を経て、ある程度彼ら彼女らは成長するのでしょう。ただし、本来の彼らがもつ魅力という者がそがれてしまうのではないでしょうか。人間の尊厳が失われてしまうのではないでしょうか。
 本当に仕方のないことなのでしょうか。
 もっと、余裕を持ってゆとりのある選択というものが許されないのでしょうか。許されないのだとしたら、おそらく社会がほんの少しだけ、ゆがんでいるのだと思います。ほんの少しだけ、というのは、革命を起こしてシステムを根底から覆すほどにはゆがんでいないということです。だからやっかいだとも言える。
 僕は真っ向から資本主義を否定するわけでもなく、社会主義に傾倒するわけでもありません。ただ、両方ともシステムとして今の時代には合わないと思うのです。
 システムが古くなるのは道理です。江戸時代のシステムは家康当初は斬新であったんですが、二百年以上経つとやはり世の中にそぐわなくなり、明治維新が起きた。同じように、現在ある資本主義も永遠ではないということです。そろそろ、建て替える時期にさしかかっているのかも知れません。
 そのひずみを今就活生や若い世代が背負っているのだと思うと、やるせない気持ちになります。
 色味を失い、グレーとしか形容しようのない若者が増えてきているのは、もしかしてそんなところに原因があるのかも知れません。
 ひとつ、若い人たちに言いたいことがあります。
 そんなくだらないゲームに、参加しないという道もある、ということです。
 人に与えられたいすが取れないのであれば、自分で自分にあういすを作ればいいのです。
 確かに簡単な話ではありません。ですが、人格をすり減らしてまでゲームに参加するよりも、人間らしく自分らしさの限界にチャレンジした方がいいのではないでしょうか。
 もし、やる気がある方がいましたら、お声がけ下さい。
 僕自身、今挑んでいる真っ最中なので、同志として何か良いきっかけを与えられるかも知れません。
 世の中は変わるべき時に来ているのだと僕は思います。そして間違いなく言えることは、変えるのは、次世代でも他人でもなく、今を生きる若い世代なのだと信じております。つまり、彼らが伸び伸びと力を発揮できる環境を、一刻も早く作り出さなければならないのです。
 さて、僕は若い世代のために何ができるでしょうか。
 今は同志として励まし合うことくらいしかできませんが、いずれ確たる形を築き、力になれれば思っております。今回起業することによって、それが今まさに始まったのだと思っております。
 
 もう一つ言っておかなければならないことがあります。
 僕の若い友人の中には、就活という大変な局面を乗り越えてなお彩りを失わなかった人たちが多くあります。灰色になることなく、窮屈な社会のなかで、なおも彩りのある夢を描こうとしている。こうして考えてみると、彼らが如何に偉大であるかを改めて思い知るのです。
 
 
 
 
 先週の土曜日より、M社のMさんとデザイナーのNさんと簿記の学校に通い始めました。楽しくて仕方なかったのですが、数字は慣れていないので、意味がわかりません(苦笑)。ま、いずれ慣れると思うので、みんなで頑張りましょう!
 その日は女優のMさんが家にきました。今後、劇団の舞台で全国を回るので、あまり会えなくなりますが、彼女なら頑張ることでしょう。
 それと昨日はH姉妹がきました。二人並ぶと背が高いので、迫力があります(笑)。お姉さんの方は、小説に関してやる気を出していただいたようなので、よかったです。また、妹さんの方も悲観することはありません。今でも十分目を引く美人ですが、申し上げました通り、更にとてつもなく美人になる可能性を秘めているので、そっちの方向で極限までチャレンジしてみましょう(笑)。これに関しては専門家の美容師Oさん率いる軍団にお任せしましょう。今度Oさんが来たときにでも作戦会議を開いておきます。あと、おみやげ、ありがとうございました。
posted by 発起人 at 15:30| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
とても共感する部分があり、元気をもらいました。
ただ、今の社会を完全に拒否しているような印象がありすこし心配になりました。

真夜中に変なコメントすみません。
応援のコメントでした。
Posted by とおりすがりのフリーター at 2009年10月20日 04:30
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/28600704

この記事へのトラックバック