2009年02月15日

REPORT 31 最悪を想定して最善を願う

 昨日読んだ、『起業家の本質』という本の中にこう書いてありました。起業とは恐怖との戦いである、と。 
 確かにそうなのだろうと思います。今の僕の状況で言えば、今の会社を辞めないでいれば贅沢はできないながらも食うに困るということはないでしょう。決まりきったことを、決まりきったようにこなしさえすれば、25日に最低限の給料は振り込まれる。仕事を自分でとってくる困難も、経理面やコンプライアンスを心配する必要もなく、責任も分散されているのでそれほど高くはありません。別に、生きていく上ではそれほど困らないのです。
 では、なぜ僕は起業するのでしょうか。
 自分がどれくらいできるのか、ためしてみたいからです。その上で人のためになるとすれば、これ以上のことはないと思います。
 僕は常に自分として最大でありたいと願い続け、生きてきました。今回の起業という行動はまさにそれを実証するためのことなのです。
 最近は、僕にとってはあたりまえとも言えるこの大前提を、ともすれば忘れてしまいがちになっていました。それだから、最低限これだけ受注できれば生きていけるというような、小さな、下向きの計算しかできなくなっていたのです。
 僕のことを心配してくれるからこそ、親しい人たちは今回の僕の行為を諌めようとします。そのとき、僕はこう言い訳するのです。月にこれだけ受注すれば最低限の生活はできるから心配いらない、と。それを何度か繰り返すうちに、その数値がいつしか僕の中での目標のようになってしまっていました。本末転倒とはこのことではないでしょうか。そして、そんな自分に気付いたときにふと先ほどのことを思ったのです。自分は何のために起業しようとしているのだろうかと。
 たしかに最悪を想定することは必要です。しかし、最悪の事態にこだわってしまっては何も始まりません。
 僕が好きなアメリカのドラマに『グレイス・アナトミー』という研修医の物語があります。そこで、研修医たちに外科部長がこう言うのです。
「最悪を想定して、最善を願え」と。
 必要なのは、まさにこの状態なのではないでしょうか。
 最悪の事態に対応するために、それが起きたときのことを念頭においておく必要はある。しかし、リーダーたるものはそれ以上に大きなビジョンを持つ必要があるのではないでしょうか。その意味で、誰よりも楽観的な側面も持ち合わせていなければならない。起業に関するあらゆる恐怖に打ち克ち、またはそれを独り胸のうちにしまい、壮大な夢を語る者こそが人がついてくるリーダーなのだと思います。夢は語ることによって、初めて現実化の第一歩を記すことになります。そして、夢を語ることによってパワーが生まれます。自分のみならず、周囲もそのパワーに感化され、パワーがパワーを呼んで旋風となります。そのパワーなくして起業は成り立ちません。消極的目標のみでこの不況の世の中を渡りきれるほど、世の中は甘くはない。積極的な力が無から有を生み出すのです。
 と、いうことで、僕は最初からフルスロットルで、ガンガンいくつもりです!無我夢中で突っ走り、気がつき振り返ってみたら、誰もが登ったことのない場所まできていたということになれば最高でしょう。そこへたどり着いたとしても、やはり恐怖というものは付きまとうのだろうと思います。けれども、きっと、その恐怖と向き合っていくことこそが起業家の宿命なのでしょう。
posted by 発起人 at 18:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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