2009年02月13日

REPORT 30 人生という名のレース

 たとえば、人生がレースだとすれば、最初に与えられる車種は決められています。
 ベンツやフェラーリといった、少しアクセルを吹かせば100キロはゆうに出るスポーツカーを与えられる人がいえれば、アルトやマーチといった小さな車を与えられる人もいます。
 これにおいて、人生とはまるでポーカーで最初に配られるカードのように不公平です。けれども、乗っている運転手の腕次第で、人生というレースはわからなくなります。だから、人生は面白い。この運転手の腕というのが、人間の意志ということになります。与えられた能力をいかにカスタマイズするか。それはつまり与えられた時間をいかに有効に使うかということと同じ意味です。人が遊びほうけている時間、懸命に努力すれば能力の差は簡単に縮まります。また、先天的な能力が劣っていたとしても、人とは生物でありますから、自動車などの機械とは違って、能力の伸びしろが極めて高いので、努力した分、自分という車は早くなります。アルトで生まれたけれども、改良を繰り返し、結果的にフェラーリに勝ってしまったということも往々にしてあるのです。また、レースにおいても直線でアクセルをいっぱいに踏み込んで、カーブ手前はぎりぎりまでブレーキを遅らせてと、攻めたレースを展開すれば、ゆるく走っているスポーツカーを追い抜くことも可能です。車を改良するのも、運転するのも、つまりは意志の力によるのです。意志の力によって、人生というレースを勝ち抜くことだってできるのです。
posted by 発起人 at 17:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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