2009年08月12日

【お知らせ】ブログ移転

 「会社設立奮闘記」はREPORT数も100をこえ、とりあえず一区切りつけようと思います。
 これからは「会社経営実況中継」として、アメーバ・ブログに場所を移しての展開となります。

 また、当ブログは「記録室」としてこのまま残しますので、たまに来てやってくださいませ。
 これからもどうぞよろしくお願いします。
 
 ↓ INCORPORATE REPORT〜会社経営実況中継〜
 http://ameblo.jp/tokyoprizeagency/

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2009年08月10日

REPORT 102 コマーシャル

 今日は日芸マスコミ研究会の皆様に呼んで頂き、また言いたいことを言わせて頂きました。
 あそこは元々女の子が絶大なる権力を握っているので、一番若い男K君に様々お話をしました。彼の何かのきっかけになってくれればと思っております。パワフルなおねーさんがたの、半ば言いなりになっているようですが(笑)、熱い情熱を秘めているものと推察いたしました。様々な方面に可能性を模索しているようですし、彼が強くたくましくなることを、楽しみに待ちます。
 これをもし呼んだなら、遠慮なく、メールください。もっと面白い話を聞かせてあげましょう!
 もちろん、他の皆様もどうぞ、池袋に来た際には寄ってくださいね。
 と、いうか、他の皆様はたぶん言わなくともアプローチしてくれると思いますが(笑)。
 彼らの活動はブログで。
 
  ↓ 日芸マスコミ研究会
  http://nuartmasuken.jugem.jp/
 
 また、先日お知らせしました、本山由美さんが公式ホームページを開設いたしました。
 今はまだ手加減して書いている感じですが、彼女、感性が剥き出しになっているときはものすごい文章を書いてしまいます(笑)。すげー、と圧倒されるようなきれいな文章を書く日がございます。きっと、僕のブログより面白いと思いますので、そちらもよろしくお願いします。
 
 ↓ 本山由美オフィシャルブログ 
 http://ameblo.jp/petit-nuit/
 
 また、彼女が主要メンバーとして立ち上げた劇団「matatabi」の初公演がいよいよ9月にあります。
 僕は9月20日(日)の回に行く予定ですので、皆さんも一緒に行きましょう!
 ぼくんちで、本山さんとすでにあっているP社のI君は勿論、強制参加です(笑)。君のところにはチケットを「2枚」用意しておくからよろしく(笑)。また、もちろん、今はフランスに行っているM社のMさんも、強制参加です。他にも興味のある方はいきましょう!みんなで仲良くみに行きましょう!(笑)
 
 と、いうか、ほとんど宣伝ブログになっている(笑)。
 それにしても、若いみんな、頑張ってますねー。
 僕が彼ら彼女らの年の頃には、本当に独りよがりで遊んでばかりで、先が全く見えない生き方をしておりました。そう考えると、若いのに、みんなすごいですね。
 皆さんもぜひ応援してください。
posted by 発起人 at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009年08月09日

REPORT 101 たまには恋愛についてU

 タレントの関根勤さんのことは、皆さんもご存じだろうと思います。
 彼の愛妻家ぶりは有名です。今日はそのことについてちょっと書いてみようかと思います。と、いいますのも、以前に書いた「たまには恋愛について」に関する反響が意外にも最も多かったものですから、たまにはこういう話題もいいのかなと(笑)。

  とにかく、関根勤的恋愛について。
 彼はテレビでもこう公言しております。

 「ぼくのキャッチコピーは『妻に片想い』です」と。

  結婚して相当経つのに、今でも奥さんの事が好きで好きでたまらないそうです。
 毎日、どきどきして仕方がないそうです。
 それでいつも好きだと言って、奥さんに相手にされないそうです。
 一歩間違えば、完全に嫌がらせであり、間違えたままに更に進めば、ストーカー、つまりれっきとした犯罪となります。

  それではなぜ関根勤は犯罪者ではないのでしょうか。最愛の人と結婚できたのでしょうか?
 実は奥さんも関根勤を同じように愛しているから?
 まあ、そういった側面もあるのでしょうけれども、僕はちょっと違うんじゃないかと思うのです。 

 恋愛には何通りかのメジャーな形があります。
 一方が強烈に好きで、一方がまるで好きではないという、いわゆる片想い。
 一方が強烈に好きで、またもう一方も強烈に好きという、いわゆる両想い。
 ここまではいいでしょう。
 僕は実はあんまり知られていない、もう一つのメジャーなグループが存在するのではないかと思うのです。
 それは、こういう形のことです。

  一方が強烈に好きで、一方がそれを許すという恋愛の形。

  まさに関根勤的恋愛とはこの形の代表なのだと思います。
 そして、これも僕は立派な恋愛の成立なんじゃないかと思っているのです。
 たとえば、自分が好きではない人に強い恋愛感情を抱かれることを、嫌だと感じる人は、多いかと思います。ストーカーに対する被害者の感情も、これのひどいヴァージョンだと思います。
 でも、この場合はどうでしょうか。
 本当に好きな人をどれほど強く想っても、その本人が許してくれるのだとしたら、どうでしょう?
 好きな人に、無制限に好きだと言えることって、もしかしたら何よりの幸せなのではないでしょうか。 

「好きでいてくれて、本当にありがとう」
 というのはよく聞く言葉です。
 でも、これもありなのでは?
「好きでいさせてくれて、本当にありがとう」

 
 想いを受け止めてもらえないかも知れないという恐怖が、告白しようという気持ちを削いでしまうことってよくあることでしょう。もしかして恋愛の成否の分かれ目は、相手が自分を想っているかどうか以前に、自分の気持ちを相手がその形として受け入れてくれるかどうかなのではないでしょうか。相手が自分の想いを受けて止めてくれるのなら、その恋愛は8割方成立したと思っていい。その後、相手が自分を想うようになってくれるのは、きっと時間の問題です。

 ここで提案がございます。
 今現在、恋人がおられる方、または結婚していて旦那様奥様がおられる方は特になのですが、何かの記念日にこう相手の方に言ってみてはいかがでしょうか。
「好きでいさせてくれて、本当にありがとう」と。
 もし、は?という顔をされても、露骨に「急に何言ってんだ?」と言われても、なんだか幸せな気分になれるはずです。そして、自分自身が実際にそう言葉にすることによって、その想いを初めて実感できるはずです。
 あ、好きでいさせてくれることって、こんなにも尊いことなんだ、って。

 
 ちなみに、この話はあくまで一般論でございますので、追求しないように(笑)。
 
 

 さて、今日はこれを呼んでくださっている皆様に告知でございます。
 このブログを長く読んで頂いている方にはお馴染みかも知れませんが、舞台女優で全国を回って頑張っているMさんという子がおります。彼女は“SIGRE-HIKO”の主要メンバーのひとりでもあります。
 この度、彼女がヒロインとして去年出演した映画が、DVDとなりました。全国のTSUTAYAなどのレンタルショップで、八月下旬から貸し出しとなりますので、皆様どうぞ観てあげてください。いや、下にアマゾンのリンクを貼っておきますので、買ってあげてください(笑)。『ファミーユ』という作品です。ジャケットを見てもらえば一目瞭然ですが、萩原流行さんや風間トオルさんなどと堂々とメインをはっております。
 あ、そうだ、本名出していいって言われてたんだ(笑)。
 Mさんの本名は、本山由美さんです。ジャケットにも出ている子ですが、この当時は高校を卒業したばかりですから、かなり若いです(笑)。本人とも、若いね−、と笑いました。今はすっかり大人になってます。
 プロの女優になりたいのだという想いは透徹たるもので、いつも僕もいい刺激を受けております。それでいて、気が強くて野心丸出しの子か、というと実はそうではなく、信じられないほどにいい子です。みんなにリーダーシップのある男前だとみられ、時におてんばと見られるのですが、実は本当に癒し系です(笑)。きっと、本人を知れば、みんなこのギャップにやられてファンになるはずです。と、いうか、僕も最近までおてんばなんだと思っておりました(笑)。

 それで、僕が勝手に彼女のキャッチコピーを考えました。
 「夢見る癒し系」
 だめかなー、自分では結構いいと思うんだけどなー(笑)。

 ま、本人はそれを聞いて笑っておりました。
 近々、彼女はブログを開設しますので、その時にまた彼女とその仲間が新しく立ち上げた劇団についてもお知らせいたします。

 仲間が活躍することを、本当にうれしく思う次第でございます。
 

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2009年08月08日

【お知らせ】東京プライズエージェンシー

 東京プライズエージェンシー、代表取締役の三浦でございます。
 
 この度、東京プライズエージェンシー公式ホームページを全面的に改装いたしましたのでお知らせいたします。これまでとはホームページシステムも大きく変え、より企業サイトとしての機能を発揮できるようにシンプルな作りにいたしました。ご意見などありましたら、メールでお願いいたします。
 
 ↓ 東京プライズエージェンシー公式ホームページ
 http://tokyoprizeagency.com/new/
 
 ↓ ご意見メールはこちらまで
 t-miura@tokyoprizeagency.com
 
 また、パートナー契約のお問い合せを何件か頂いておりますが、これ以降のアポイントメントはお盆明けになると思いますので、よろしくお願いいたします。これからお問い合せの方はまずはメールにてお問い合せください。当日、もしくは翌日中にかならず僕の方から返事を差し上げます。
 皆様からの申し出、本当にありがたく思っております。
posted by 発起人 at 15:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009年08月07日

REPORT 100 系統の麒麟児

 リチャード・ドーキンス博士は自著『利己的な遺伝子』において、科学的にこういった論旨を展開しておられます。
 
 生物とは遺伝子を運ぶ乗り物に過ぎない。
 生物の変容形態である人間もその例外ではない。
 
 僕は正直言いますと、神仏を尊ぶ人間ではございません。それに安易な虚無主義をうたいあげる種類の小説も好みません。ですが、昔からアインシュタインやホーキング博士に憧れていたせいか、科学にはめっぽう弱いのです。理路整然と科学的にこれこれこうなんだよ、と説明されると、あ、そうなのか、と素直に納得してしまいます。
 この本を読んだときもそうでした。科学的根拠に基づいているだけに、論旨にぶれはなく感傷すらなく、淡々と虚無主義を説いているのですが、これに抗弁できない自分がおりました。
 あ、そうなのか、人間とは遺伝子を運ぶ乗り物に過ぎないのか。
 どれだけ頑張っても、それなら意味がないじゃないか。
 
 たとえば、トルストイの『戦争と平和』的なニヒリズムがあったとします。それはナポレオンがいなければ、ただ名前の違うナポレオンがその穴を埋めるだけだという考え方で、それはちょうど司馬遼太郎の竜馬がいたから日本が変わったというロマン主義の対極にあるスタンスです。
 このブログでも何度か取り上げましたが、司馬遼太郎はトルストイ的なニヒリズムを百も承知の上で、あえて「否」を唱えたのでした。
 いや、違うでしょう。ナポレオンがいたから時代は変わったのだよ、と。
 
 ところが、科学に対してはこう簡単に反論することができません。
 確かに考えてみればそうなのです。
 これはチャールズ・ダーウィンの進化論の考え方なのですが、何代かに一度、アトランダムに突然変異が起きることによって、種は確かに繁栄するのです。
 突然変異と聞けば、難しいように思えますが、これを「変わり者」と置き換えればわかりやすいだろうと思います。
 大津波などの不可抗力の大災害が発生したとして、住みやすい平地ばかりに済んでいれば、人は簡単に全滅します。普段は「変わり者」と称される、山奥に済む人がいるからこそ種は保存させる確率が高くなるのです。
 それもやはり遺伝子が生き延びる可能性を高めるために、乗り物を定期的に変質させたためだと考えれば説明がつきます。
 そもそも、進化とは周囲の条件に合うように自らの形態を変化させるということで、進化が本当にそのように起こっているのなら、リチャード・ドーキンス博士の論旨はやはり正しいのだと結論づけざるを得ません。もっとも、神がアダムとイブをつくり、そこから人類が始まったとする聖書を信仰する、キリスト教徒の方々ならば、進化論を認めない立場なので、この虚無主義に悩む必要はありませんが。
 
 それでは未来へと効率よく運ばれた遺伝子とは、いったい、未来の果てに何を見るのでしょうか。
 だいぶ、宗教的、哲学的な話になってきましたので、深くは追究しませんが、太陽の寿命はあと10億年だという説がございます。それが正しいのであるならば、我々の更なる進化形態が宇宙に完全に定住することがなければ、遺伝子はそこで最後の瞬間を迎えます。そうでなくとも、大きな天変地異などできっとその前に我々の遺伝子を受け継いだ、最後の一人というものが必ず存在するはずなのです。それはたとえば絶滅危惧種トキの最後の一体のような存在です。
 我々の最後の子孫は、果たしてその最期の瞬間に何を見るというのでしょうか。あるいは、死に対するただ単純な恐怖であったり、絶望であったりするのかも知れません。だとすれば、遺伝子のリレーはなぜ行われる必要があったのか、意味があったのか。
 この大いなる虚無を覆い隠すための人類の偉大なる発明が、宗教だと僕は考えます。
 ただし、僕は宗教を信じる人間ではありませんので、そう単純に考えを終えるわけにはいきません。
 それに、それが生命の宿命だ、あることに意味がないのだ、と言われたとしても、性格上、唯々諾々とうなずくわけには参りませんので、僕は生命の宿命に抗い続けます。
 つまり、ロマンを持ち続けようと思うのです。
 
 それは飛べると本気で信じて、重力に抗うように、無謀なことかも知れません。
 または、遺伝子を効率的に運ぶことに、もしかして大きな意義が隠されているのかもしれません。
 ただし、その遺伝子の壮大な「乗り物計画」に、はいそうですか、と簡単に乗っかってしまうわけにはいかないのです。
 
 こんな考え方があるかも知れません。
 自分の代で、夢を実現できなかったから、子の代、孫の代で夢をかなえようと。
 これはこれで、生物の宿命に対する壮大な反抗であると考えます。ロマンの一つのかたちなのだと思います。
 
 ただ、個人的に僕が好むのはこのような考えではありません。
 猿はもとより、ネズミやミジンコだった時代から連綿と受け継がれてきた遺伝子が自らの内に息づいているとすれば、自分がその系統があった意義を証す存在になったとしてもいいではないか。つまり、それは系統の麒麟児となって、世の中に勝負をかけようという意味です。その系統のある一つの最終結論として、何らかのことを成し遂げようとしてもいいではありませんか。
 
 おそらく、人は何ものかに対する反抗の意志を感じ取るとき、ロマンを感じるのだと思います。
 時代に対する反抗。常識に対する反抗。そして、遺伝子の宿命に対する反抗。
 ロマンとは、壊れやすいからロマンであり、非業に終える確率が高いからこそ、まるで流星のようにその光が際立つものです。
 たとえ、生命の宿命に対して何ら反逆的成果を期待できなかったとしても、ロマンに輝いたことには意義があると思います。
 
 
 さて、何を言いたいのか。
 ここで、僕が自分の夢は普通に家族を持ち、普通に暮らすことだと言ったとしたら、皆さんはどう思われるでしょうか。おそらく、気が抜けることと思われます。心が膝かっくんされたような状態になると思われます。お怒りになるだろうと思われます。
 できれば、僕は普通にしたいのです。これは意外に思うかも知れませんが、小さな頃から変わらず思っていたことでした。
 ところが、性格がそれを許さないのです。何かに挑戦し続けていなけば気が済まない。そうでなければ、生きた心地がしない。ある種の変態なのかも知れません(苦笑)。
 それ故に、温かい家庭を持つことに強烈に憧れます。
 それを言うと、驚かれたり、ひどいときにはがっかりされたりするのですが、真実そうなのです。
 
 今日は、商談でお会いした方に、僕の理想を見ました。
 この方も様々若い時分にチャレンジし続けた人で、必然に吸い寄せられるようにして、現在の幸福を手にしておられるのですが、その方の話を聞くに、やはり僕の理想は普通の家庭なのだとつくづく思い知りました。当社が提供する自分史制作サポートサービス「エバーストーリー」も温かい家庭というものが基盤に存在すると、燦然と輝くようになっています。
 ブログに書かせて頂くとすでに本人に申し上げておりますので、その方、0さんについて少々書かせていただきますが、彼は若い時分、音楽の世界で成功しようと本気で努力されてきました。このブログを読まれている方は、これを聞いてデジャブ的な感覚を味わっておられるかも知れませんが、以前に登場したB社のT社長も同じような道を歩まれております。つくづく、こういう方々に縁があるのだと思います(笑)。
 それでOさんは広告業界で信頼を勝ち得て、更にヘッドハンティングされて現在の会社に移籍することになるのですが、その間にOさんが得た最大のものと言えば、家庭でした。
 家族の事を考えると、仕事も集中してできて、成果が出るんですという彼の言葉を心底かっこいいと思いました。家族のために、仕事とプライベートのバランスも考えている、というような趣旨のこともおっしゃってました。ま、Oさんについても、何日も徹夜したがむしゃらな日々があって、今があるのですが。
 仕事もできて、しかもプライベートも充実している。
 まさに、僕が理想とするところです。
 おまえもやればいいじゃないか、何度もチャンスがあったじゃないか、と方々から大きな声が多数聞こえてきそうですが、これがなかなかできないのであります(苦笑)。
 
 あるいは、僕は麒麟児になりたい、というよりは麒麟児にならざるを得ないのかも知れません。
 ただし、ロマンに対して、しびれるような想いを持っていることは間違いありません。
 ひるがって考えてみれば、僕はこのしびれるような想い中毒になっているのかも知れません。
 だから、到底普通の幸せを得ることができない。誰かに指摘されたようにドMなのかもしれません(笑)。
 
posted by 発起人 at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009年08月03日

REPORT 99 90%の逆上がり

 小学校低学年の頃の事、僕は逆上がりができませんでした。
 運動神経の良い級友達が、いとも簡単に逆上がりをして喝采を浴びるのを尻目に見ながら、僕は手のひらの皮がすりむけるまで練習し、それなのにあとちょっとのところで鉄棒の上にのぼることができませんでした。
「惜しいな、90%はできているのに」
 担任の先生も、そうやって励ましてくれました。
 
 何となくの達成感。ほとんどできているんだから、いいか。
 手のひらの皮もむけたし、頑張ってやれるところまでやったんだから、いいか。
 
 先生の優しい言葉は、僕にそう納得させるに十分な響きがありました。
 違約すれば、100点までいかないけれども90点。
 
 おそらく、僕はそれからの人生においても、頑張ったからいいか、100点じゃなかったけれど90点だからいいか、と自分に言い聞かせながら生きてきたという面があったと思います。 
 ところが、この「違約」が決定的な「誤訳」だったと最近になってようやく気付いたのです。
 
 90%の成功は、明らかなる失敗です。100点における90点のことでは決してない。
 90%の成功と、100パーセントの成功の間には、0と1との間にある果てしない差違に比例する違いがある。
 
 この90%の成功に到達した時点で、僕は自分への言い訳を完結させ、アクセルをゆるめてしまっていたのでした。本当はここからが勝負所で、アクセルを全開にするべきところだというのに。
 競馬などを想像するとわかりやすいのですが、勝負の世界は「鼻差」などで結果が天と地ほども違ってきます。つまり、能力的には一緒だとしても、最後の詰めが勝負の行方を決するということが、往々にしてあるのです。
 おそらく、成功する人というのは、90%の成功に到達したときにこそ、本気の力を出す。きっと、それを「底力」というのでしょう。「底力」こそが成功の大きなファクターとなる。
 そして、この底力の阻害要因として考えられる最も大きなものが、「成功回避の心理」、つまり成功を恐れて無意識的に回避する心理のことです。(以前よりこのブログを読んでいた方にはお馴染みの言葉だとおもいます)
 
  
 何を言いたいのか。
 今、僕は立ち上げたビジネスにおいて、まさに90%の成功を手にするところまで来ました。
 打ち立てた理論が完全に機能し、八月頭からの広告配信にもかかわらず、ありがたいことにこの週末まで三件の提案・打ち合わせと何件かのパートナー依頼を受けました。
 今までの僕ならば、あるいはこの時点で手綱を緩めてしまっていたかも知れません。
 けれども、今の僕は多くを学んだ、別ヴァージョンの僕です。全力でアクセルを踏むべきなのはここからだと承知しております。
 八月ビッグバンを標榜した僕としては、ここは一気に駆け抜ける必要がございます。
 一つ一つの依頼を、的確、丁寧、着実にこなし、一つ一つ信頼を得ていこうと考えております。
 そして、一つの目標が、九月中の第一回目の「受注制限」です。
 依頼人の方に対するサービスのクオリティーを確保するために、当社では「受注制限」の制度を設けております。おそらく業界の常識に反することと思いますが、僕は明確にそれを定めることによって、依頼を頂いた方へのサービスを充実させようと考えております。それがひいては信頼に繋がるのだと信じております。
 それまでは、とにかくアクセル全開で行こうと考えております。
 
 陣中見舞いに来ていただいている方々、本当にありがとうございます。
 皆さんに励まされ、癒されております。
 同志としてこちらが励ましているつもりが、いつの間にかこちらが癒されておりました(笑)。
 第1回受注制限に達した暁には、焼き肉パーティーでも開催いたしましょう!
 またいつでもお立ち寄りください。
 
 また、パンフレット第2版の制作を請け負っていただいたデザイナーの方には本当に感謝しております。
 当初の計画より二倍の分量を無理に頼み、しかも破格のお値段でやっていただき、本当に助かりました。
 
 さらには簡易パンフレット設置を快諾して頂いた芳林堂書店の社長様、および営業本部長様、店長様、ありがとうございます。さっそく、明日設置に伺わせていただきます。
 
 皆様の助けがあって、やってられるのだと思っております。
 これからもどうぞよろしくお願い致します。
posted by 発起人 at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009年08月02日

REPORT 98 サル、おれは逃げるよ

 歴史作家司馬遼太郎は著作においてこう評しました。
 
 
  日本に天才がいたとすれば、それは二人しかいない。
  源義経と織田信長である。 
 
 
 以前、僕はこのブログで天才について「客観的な様態形容」として触れたことがありましたが、その意味としても、また一般的な意味としても、その二人は明らかに「天才」としか言いようがありません。 
 源義経は、軍事的天才という意味でしょう。戦国では上杉謙信や武田信玄、古くは八幡太郎義家、明治にあっては大村益次郎、大山巌、東郷平八郎、そして昭和の山本五十六と様々な名将が日本にはいましたが、天才という意味ではやはり源義経が頭一個分抜きんでていると言っていいでしょう。
 
 信長における天才とはこれとはまったく違っております。
 まさに、鮮烈なる天才。
 信長の思考前提には絶大なる自由というものがあったと推測致します。「自由」という言葉が未だ日本に流入していない時代において、信長の思考は恐るべきほど自由であった。彼が手にした思考の自由は、間違いなく、自由主義社会に生きる我々が手にした自由以上に純度が高かったはずです。
 尾張の小さな豪族の家に生まれた信長でしたが、そこから主家を凌駕し、隣国の大大名今川義元を桶狭間において華麗に撃破し、そして戦国の妖怪、斎藤道三にまでその才を認めさせました。
 おそらく、信長はその間、終始淡々としていたのではないかと思います。
 彼の見据える先には、誰にも見ることのできない、遙かなる地平があった。
 その地平から視線を手前に転じたとき、旧態依然とした常識が実にくだらないものに映ったでしょう。
 つまり、あの桶狭間の大勝利も、信長にとっては至極当然の帰着だったに違いありません。
 
 「こたびの大勝利、まさにマリシテンのご加護があったからこそのこと」
 なぞと奇跡を歌い上げる部下などがあれば、信長は鼻で笑ってこう思っていたのではないでしょうか。
 「え、べつにふつうじゃん」 
 彼は常識にとらわれず、自らが見えているものだけを信じて行動したに過ぎない。そして、彼にとって当然の結果であったのが、周りの目には奇跡にしか映らなかっただけのことです。
 
 「天下布武」 
 
 美濃を平定してから、信長は好んでこの印を用いるようになりました。
 ひろく天下に武を布く。
 これが信長がみていた遙かなる地平の片鱗だったのでしょう。
 
 運命の本能寺において、信長は紅蓮の炎に包まれます。
 そこで幸若舞の敦盛を舞い踊ったと言われておりますが、それが真実としたら実に美しい最後です。
 
 人生五十年
 下天のうちをうらぶれば
 夢幻のごとくなり
 
 炎の中で、最期を目前とした信長はぼんやりと視点を飛ばし、また自らが置かれた現状を鼻で笑ったのではないでしょうか。
 「ま、光秀には見えないよな」と。
 
 そんな信長の生涯の中で、僕が特別好きなシーンがございます。
 越前朝倉氏を征服するために軍を北へと向かわせていたとき、妹婿の浅井長政が裏切ったことを知ります。妹婿ということで、戦力として考えていたのが逆に敵となったのですから、戦況は一変です。
 士気という面においても、長政め!と部下はいきり立ったに違いません。
(ま、元々浅井氏は朝倉氏と盟友関係にあって、信長が無理矢理割り込んできたので、信長の自業自得だったんですが)
  そこで、
「浅井を撃ちましょう!」
 と興奮する部下達を尻目に、信長はまた鼻で笑います。
 いや、むりでしょう、と。
 そして、腹心の秀吉をそばに呼んでこう言うのです。
「サル、おれはにげるよ」
 それを聞いた、秀吉も驚いたに違い有りません。
「え、まじっすか?」
 戦国の世とは言え、まだ武士のならいなぞがれっきとして存在していた時代です。普通ならば一戦交えて戦況をみるというのが常套ですが、信長には見えていたのです。勝てるはずがないと。
 それで、信長は本当に部下をおいて全力で逃げたのです。
 それがとてつもなくかっこよく思えるのです。
 今は勝てないよ、でも戦力を立て直してかかれば余裕でしょ。
 と、信長は先を見据えていたのでした。
 大変だったのが、しんがりをつとめた秀吉や家康でした。
「まったく、あの人にはほんと困っちゃうよね」
「でも、やっぱ、格が違うよね」
 とかなんとか言いつつ、信長の次の時代を担う彼らはここを上手く切り抜けるのです。
 それで捲土重来。万全の準備を整えて戻ってきた信長は、姉川の戦いにおいて、浅井朝倉連合軍をこてんぱにやっつけてしまうのであります。
 
 
 さて、何を言いたいのか。
 無論、僕は天才ではありませんし、信長になりたいと思っているわけでもございません。
 ただ、あこがれているのです。
 この機を見て全力で退く、というのは現在のビジネスの世界にも必要な考え方のなのではないでしょうか。
 
 僕は四月から営業の方式について、試行錯誤を繰り返しておりました。あらゆる方法を試し、様々な失敗を繰り返しました。その中でも、ウォーク・マーケティングと名付けた営業方式は、冬の段階から暖めていた構想で、これが機能すればいいと考えていたのでした。
 けれども、テストケースとして設定していた巣鴨で散々な結果に終わり、早々にこの方式を諦めることを決意し、インターネットの広告方式に戦力を一本化することにしました。
 どういう結末を迎えるか、とりあえず八月末までわかりませんが、とりあえず、出だしは思った以上に順調です。ようやく目に見えてお客さんが増えてきました。まだ広告計画の全てを展開し終えていない段階だというのに、今確かなレスポンスを得ております。
 あそこで退いて戦力を集中した結果だと思っております。
 更に精度をあげて、サービス、コンテンツを充実させ、実績を上げていけば、事業は完全に軌道に乗ります。もともと在庫を抱える必要のない形式のビジネスなので、あとは純粋にプラスに転ずるのみ。起業にかかった借入金も大した額とも言えず、それを返済してしまえば、魔法のように美しいバランスシートが決算時に作成されることになります。
 つまり、負債ゼロのバランスシートです。
 そして、余剰金の範囲内で設備投資をし、収益を拡大する。
 それを10年後のIPO(株式公開)まで続けたいと考えております。その頃には法律も改正されて、IPOにかかる企業の負担も軽減するはずです。さもなくば、新しい業種は育たなくなる。政府はそれほど愚かではないと僕は信じます。
 
 そのためには、この八月、ビックバン的に拡大戦略をとり、着実に仕事をこなしていく必要があります。
 幸い、準備は整っております。
 あとは依頼人第一主義を貫き通し、仕事を全うしていくのみ。
 起業の理念を決して忘れないように、頑張っていこうと考えております。
 全てはまず依頼人のために。
 依頼人の満足度が当社の企業価値となると信じております。
posted by 発起人 at 18:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

【エバーストーリー】広告配信開始

 (株)東京プライズエージェンシー、代表取締役の三浦と申します。
 
 7月31日より、自伝制作サポートサービス「エバーストーリー」の広告配信が始まりました。
 広告の展開は、8月2日午後5時現在では計画の36%。
 それにも関わらず、エバーストーリー専用ホームページは想定していたよりも多くのかたにご利用頂いております。
 今回、当ホームページの目玉コンテンツとして、無料お試し版を用意致しました。
 製品版「エバーストーリー」と同様に、受注制限をかける場合がございますので、ご希望の方はお早めに登録ください。
 
 インターネットにおける広告展開は、8月末までには90%以上の実践を目指しております。また、それと平行して、当ホームページのコンテンツを更に充実させて参りますので、ご期待ください。
 
 
  「エバーストーリー」専用ホームページ
  ↓
  http://tokyoprizeagency.com/everstory/