2009年05月08日

【お知らせ】未来に贈る自分物語 その一

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 愛する子孫にのこすべきは、少しの金銭と、少しの土地と、
 
 そして壮大なる自分物語。
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 はじめまして。
  東京プライズエージェンシー、代表取締役の三浦と申します。
 今日は当社が提供する『未来に贈る自分物語』というサービスについてお話ししたいと思います。
 
 昔々、と言っても僕が小学生の時のことでしたので、おそらく二十数年前のことだったでしょう。
 夏休みの自由研究で、僕は「三浦家の家系図」を作りました。
 仏壇にある位牌を縁側に引っ張り出してきて、一つ一つほこりを払い、それに刻まれた文字を読む。
 戒名と享年、中には生前の名前が書いてある物もありました。けれども、僕にしてみればほとんどが初めて見る名前であり、自分とどういうつながりの人なのかすらも全くわかりませんでした。
 早々に作業を中断し、茶の間に向かって叫びました。
 「じいちゃーん」
 位牌のことごとくを縁側に並べている僕を見て、祖父ははじめ何事かと思ったらしいのですが、家系図を作りたいんだと言うと、そうか、と協力してくれることになりました。
 これはな、どこどこの誰々だと、祖父が言うのを、僕が大きな模造紙にマジックで書き留めていく。徐々に家系図らしい体裁になっていきました。
 ところが、作業半ばまで来ると、一族の総領である祖父さえも、首を傾げることが多くなってきました。
 「ありゃ、これは誰だったべがな?」
 老眼鏡をつけ、黒い位牌を裏表させながら唸る祖父を見て、幼き日の僕はふと寂しい思いにかられました。
 おじいちゃんが思い出さなければ、この人は永遠に忘れ去られてしまうんじゃないか、と。
 「ねえ、じいちゃん。ちゃんと思い出してよ!」
 そう僕がせかしても、やはり祖父でさえ知らない人がいるのです。
 戒名、または法名などと呼ばれる、生前をほとんど想起させることのない、びっとして行儀正しい、一列の文字列。
 あるいは、お寺のお坊さんなら、暗号を解読するように、その文字列から何かを読み取ることができるかも知れません。けれども、位牌を遺された当の子孫である僕たちがわからなければ、意味がないではありませんか。
 田舎の本家の孫として家にいた僕などはまだいいでしょう。外孫としてお盆や正月に田舎に帰るだけの人が、先祖の墓に連れられて行ったとき、誰に対して線香をあげ、誰に対して手を合わせているのでしょう。三代、四代前を知らないのなら仕方がありませんが、早くになくなった自分の祖父母のことさえも満足に知らない人もあるかも知れません。おそらく、両親に連れられてきたから、ぼんやりとした感覚でとりあえず儀式として済ませよう、と思っている、あるいは何も考えていない人が多いのではないでしょうか。
 それもそのはず、お墓の横にたてられた戒名碑には、戒名と享年だけが刻まれ、生前の名前すら刻まれていないこともあるのです。
 それでは、あまりに寂しいじゃないか。
 
 もしかして、『未来に贈る自分物語』の基本的な着想を去年得たとき、僕の念頭には幼い日のそんな思いがあったのかも知れません。
 どういうサービスにしよう。どうしたら、依頼人が満足するだろうか。
 この一年間、このサービスについて検討に検討を重ね、数え切れないほどに改訂を繰り返しました。その間、映画の『おくりびと』がヒットし、小説『悼む人』が直木賞を受賞し、と世の中は亡くなる人、亡くなった人を大切に想おうという、流れができようとしていました。それらが世に放たれ、多くの人に支持されるのを傍目に見て、僕は自分がやろうとしていることが間違いじゃないんだと確信しつつ、更にサービスを改良していきました。そして、このたび、様々な方の協力を得て、ようやく皆様に提供できる形が完成いたしました。
 
 『未来に贈る自分物語』とはサービスであると同時に、本当の意味での人間の尊厳について、もう一度真剣に考えてみようという、ムーブメントでもあると考えております。
 神もまたいい、宗教もまたいいでしょう。
 けれども、それ以上に懸命に生きた我々の父母、祖父母、そして亡き先祖をまずは敬うべきなのではないでしょうか。
 その方の人生を物語として胸にとどめおき、時に引き出し、その物語から人生を学ぶ。
 「おくる」とは、そして「悼む」とはまさにそういうことなのだと僕は思います。
 
 
 また、逆の視点から「のこす」とは、いったいどういうことなのでしょうか。
 残念ながら、まだ若い僕にはそれを実感することができません。
 けれども、過去を偉大に生き抜いたある人の言葉に、その神髄をみたような気がしましたので、参考までにここに引用しておきます。
 
 死を恐れるのは人間の本能である。
 だが、死を恐れるよりも、死の準備のないことを恐れた方がいい。
 人はいつも死に直面している。
 それだけに生は尊い。
 それだけに与えられている生命を最大に生かさなければならないのである。
 それを考えるのがすなわち死の準備である。
 そしてそれが生の準備となる。
 
                  松下幸之助
           (『道をひらく』PHP研究所)
 
 松下幸之助さんとは、いわずと知れた、現パナソニックグループを創立した方です。
 死の準備とは生の準備である。
 たしかに、その通りかも知れません。
 心配事を減らしておけば、伸び伸びと生を謳歌することができるということでしょう。
 
 本サービスもまさにそれを趣旨としております。
 つまり、これからの人生をよりよく生きるためにこのサービスを利用してもらいたいと思っております。
 ここで、サービスの内容について、少しお話させていただきます。
 
 担当のライターが依頼人宅に伺い、お話を聞き、第三者の目から物語を作り上げる。
 それが、このサービスの中核となります。第三者の目から物語を作るとは、たとえば司馬遼太郎先生が坂本龍馬の物語を描くような視点、つまり三人称で依頼人の人生を描くということです。
 また、取材の模様をビデオに収録いたしまして、それを後日編集し、映像として依頼人の語る様子もDVDとしてのこします。これによって、依頼人の方は、まだ見ぬ遙か未来の子孫に語りかけることができるようになります。
 つまり、『未来に贈る自分物語』とは、物語として「かたち」にした、ご自分の人生自体を遺産としてのこすということなのです。
 我々は、全力でそのお手伝いをいたします。
 
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『未来に贈る自分物語』の詳しいサービス内容につきましては、当社ホームページをご覧下さい。
 (株)東京プライズエージェンシー
 http://tokyoprizeagency.com/
 
またはお問い合わせいただけば、無料で詳しいパンフレットを差し上げます。
 
 mirai@tokyoprizeagency.com
  電話:03−6914−2475
 携帯:090−7717−9218
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