2009年05月30日

REPORT 75 コップ理論

 遙か大昔、アメリカのとても偉い方が唱えた理論に「AIDMA(アイドマ)」という考え方がございます。
 ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、一応説明しておきます。
 
 Attention 注目・認知
 Interest  興味
 Desire   欲求
 Memory  記憶
 Action   行動
 
 これの頭文字で、つまりこれはお客様が買うまでのプロセスを表したものです。
 もっとも、いくら経営や営業を学んでいるからといって、この単語を覚える必要はまるでないと僕は思うわけです。「ほうれんそう」とかなんとかかんとかとか、やけに短縮したあいうえお作文的なものを無理に覚えさせる会社などがありますが、あれ、どうなんですかね、効果あるんでしょうか。
 あんまり短縮標語的な物を覚えさせられると、逆に思考停止が始まり、発想力が阻害されてしまう要因になるのではないかと危惧します。
 それなので、あ、こういう考え方があるんだな、程度の認識で十分かと思います。
 
 僕はそういった本を読む以前に、感覚的に同じような理論を自分の中で確立しておりました。
 確立と申しましても、僕は学者ではございませんので、そんなスマートなまとめ方ができません。ただし、学者先生の理論よりも覚えやすいかと思いますので、参考までに書かせていただきます。
 
 僕が提唱するのは「コップ理論」です。
 AIDMA(アイドマ)に比べて何と垢抜けない言葉でしょう。頭文字集めた言葉でもない。
 
 どういうことか?
 
 自分が何かを買うときのことを思い浮かべてみてください。
 本屋で本を買う、あるいは服屋で服を買うという場合がわかりやすいのでそれを例に考えてみましょう。
 特定の本を買う目的でないのに、本好きな方は習慣として本屋に立ち寄ると思います。また、服が好きな方もそうでしょう。いい物があったら買おうかなくらいの感覚でお店に入るのでしょう。
 それで、少し気に入った物があれば、よし買おうと、買います。
 それは「ほしいコップ」が小さいために、すぐにコップがいっぱいになってしまうからです。
 ところが、車や高価なアクセサリーとなればどうでしょうか。ふらりと店に入って、よし買おうとはならないはずです。
 それは「ほしいコップ」が大きいために、なかなかコップがいっぱいにならないからです。
 売る側は、この「ほしいコップ」を溢れさせるために、テレビCMやら広告を雨あられと投入します。
 ね、欲しいでしょ。欲しいでしょ? 買いたくなってきたでしょう?と。
 無意識にテレビなどみていて、湯上がりなどにコカコーラのCMが流れると、「ほしいコップ」がいっぱいになります。また、車のCMを何度も何度も見ていると、「ほしいコップ」が徐々にいっぱいになってきて、ある瞬間に溢れます。そして、買ってしまうわけです。
 コップをいっぱいにするには、一つの手段でなく、いくつかの手段が重なったときが最も効果が大きくなります。
 たとえば、「ああ、あのデジカメほしいな、買おうかな、でもお金ピンチだしな」、と迷っているとき、テレビCMではコップの九分目までしかいかなく、それ以上はなかなか溜まらなかったとします。けれども、知り合いなどが会話の合間に何気なく、
「あ、そういえばあのデジカメかったんだ、すごくいいよ!」
 などと言ってしまえば、「ほしいコップ」はすぐに溢れてしまいます。あ、もう買うしかない、となるのです。
 この「角度変え」の法則は、恋愛にも当てはまります。
 たとえば、「あの子、なんかいいよな、でも気のせいかな」、とまだ思っている段階だとします。
 でも友人などの第三者が何気なく「最近、あの子かわいいよね、まじで」なんて言ってしまったときには、「やっぱりそうだよね!」と一気に「恋愛ほしいコップ」がいっぱいになるなんてことがあります。
 ちなみに、ドラクエやファイナルファンタジーなどのモンスターゲーム、ワンピースやのだめなどのモンスターコミックの最新刊については、前作、前号を読んでいる段階で、仮想次巻の「ほしいコップ」がすでにいっぱいになっている状態なので、発売日に迷わず買うことになるのです。
 
 売る側はこの「コップ理論」を逆手に取ればいいということになる。
 様々な角度から、「ほしいコップ」をいっぱいにするようにすればいい。広告でもいいし、ブランディングでもいい。なかでも、口コミというのは作為的ではないので、効果は抜群になります。
 ただ、一つ注意しなければならないのは、対象を分散しては結局、何も得られないということです。
 たとえば看板で本を広告するとします。
 心理的にはなるべく多くの商品を掲載したくなります。けれども、この場合複数掲載は絶対にしてはいけません。なぜなら、5商品掲載したら、見る人は心の中には5つの「ほしいコップ」が生まれ、結局は看板のキャッチ能力ではそのいずれもいっぱいにすることができないという結果になってしまうからです。
 できれば、看板に大きく一つの商品を掲載し、その作品がいかに優れているかを、あらゆる角度から描く。出版社から提供されたポスターやポップはこの場合、あまり威力を発揮いたしません。
 威力を発揮するのは、一般読者や書店員の手書きのポップです。
 これはちょうど口コミや何気ない第三者の一言と一緒です。
 支配された人の言葉ではない、つまり作為的でないから「ほしいコップ」は一気にいっぱいになり溢れて、買いたい!となるのです。
 
 なんてことを、改めて思い出し、改めて考え、また新たな知識を吸収している毎日でございます。
 
 明日は、久々の休日!
 この一週間は本当によくやったので、明日は本当に楽しめそうです。
 がんばれば、がんばっただけ、休みの日も充実するものなのだとおもいます。
 
 さて、風呂、溜まったな、ゆっくり入ろう、と思いつつ、今日も頑張ったので鼻歌でございます。
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2009年05月29日

REPORT 74 精神的M

 昔々、阪神タイガースがそれはそれは弱かった時代、僕は阪神ファンの級友に対してこう言いました。
「なんで弱いところをあえて応援するんだ? 負けるのを観て気持ちいいの? おまえ、精神的なMなんじゃないか?」
 巨人ファンだった当時の僕と、阪神ファンだった彼とは、無論、大げんかになりました。
 おそらく、その級友が僕に、巨人は金で選手を集めてどうの、と言ったのに対する売り言葉に買い言葉的なやりとりだったように思います。
 でも、今はわかります。
 故郷の宮城に楽天ができてからというもの、負けても負けても応援する人の気持ちはわかるようになりました。その後、、阪神も楽天も野村監督によってとても強くなりましたが。
 僕は自分をドSだと思っておりました。
 けれども、去年あたり、バイトの子にこう言われたのです。
「みうらさんって、Mですよねー。自虐的だし」
 その時はこう言い返しました。
「んなわけないじゃん! おれ、正真正銘のドSだよー」
 と、笑いながら言いつつも、どこか引っかかっていた僕はちょうど元カノから電話きていたときに、そういえばさ、と聞いてみました。
「おれって、Sだよね?」
 電話の向こうで少し間があって、元カノはまるで重大な病気を宣告するかのように言いました。
「あのね、自分ではSだと思っているようだけど、みうらくん、Mだよ」
 え? まじで?
 まるで自覚症状がなかったわけでございます。
 あ、おれってMなんだ。そうか、Mなんだ。
 何となく虚脱するような落胆がありました。
 それでまた、同じバイトの子が一昨日あたりの電話で言ったのです。
「みうらさん、Mですよねー。回りの人に聞いてみてくださいよ」
 わかってる。もう、回りの人に聞いたから。
 そう、おれはMなんだ。
「言っておきますけど、私はSじゃないですからね。Mでもありませんから、Nです」
 N? ニュートラルのN?
 すごい。面白い。真ん中は車のマニュアル・ギアみたいにNというのか。
 そう変なところで感心したのでした。
 
 何を言いたいのか。
 別に僕は自分の性癖を告白しているわけではございません。あくまで「精神的」なSかMかという話です。
 やはり、僕は精神的なMだ、と昨日今日で完全に実感しました。
 それと言うのも、僕は自分がふらふらになるまで自分ががんばらないと、自分が許せないことに改めて気付いたからでした。
 思い返してみれば、というか、このブログを今年の初めまで辿ってもらえればわかりますが、僕の去年の悩みはいかにして生活の中に「ゆとり」を取り入れるか、ということでした。
 去年を振り返るに、1秒たりとも後悔する時間はありませんでした。同じように2008年が始まったとしても、全く同じように2008年を過ごせる自信がないというほどに、徹底して目標を貫徹いたしました。達成率、実に100%。
 それ故に、夏場は若干体をこわしてしまいました。それで、今年は「7%のゆとり」を取り入れて、残りの93%をより輝かせようと挑んでいたのでしたが、最近の僕は93%どころか、70〜80%の達成率で過ごしていたのでした。
「どうした、おれ?」
 去年の自分が見たらきっとそう言ったことでしょう。
 それが、まだ昨日・今日と二日間なのですが、100%目標を達成し、ふらふらとなり、去年のあの感覚を完全に取り戻したのでした。
 そのふらふらとした感覚が、実に気持ちがいいのです。
 ふらふらとして初めて生きた心地がするというか、これだよ、この感覚だよ、と僕は失っていたものを取り戻したのでした。
 つまり、それこそがまさに精神的M。
 どうやら、極限まで頑張り、ふらふらになっている状況が、僕にとって何よりの喜びであるらしいのです。
 このタイミングで、この感覚が取り戻せて、本当に良かった。
 明日は行政書士の登録式で、これから極端にまた忙しくなります。
 それがうれしくてたまらない。激務よ、来い! どうか、来てください!
 まさに、精神的Mでございます。
 こうなれば、無敵でございます。心配かけた皆様、申し訳ございませんでした。
 これからが、本領発揮でございます。
 
 
 今日はS社長様、またランチにお誘いいただきありがとうございました。
 実に興味深い提案をいただき、本当にありがたく思っております。
 確かに、社長の提案をそのまま受け入れれば、当社の経営は一気に安定します。そして、僕にも時間的なゆとりができる。そして、当社のサービスを多くの皆様に広めていただくことができる。
 6月15日まで、入念にシミュレーションを繰り返し、返答いたします。
 それにしても、当社が提供するサービスをそれほどまでに買っていただき、改めて自信を持った次第であります。
 そして、何より、
 「みうらくんがやろうとしていることは、本当にいいことだから、応援したいんだ」
 との社長の言葉がうれしかったです。
 
 それと、そのランチの際、本当に偶然、隣の席に居合わせたUさん、メールでも言いましたが、びっくりしましたね(笑)。
 お互い、「あれ? 何してるの?」とフランクに話せる状況ではなかったので、その場では失礼しましたが。池袋、広いようで狭いんですね。それと、もう日付が変わりましたね、お誕生日だそうで、おめでとうございます!

 
 あれこれとりとめなく書いているうちに、お風呂がいっぱいになった様。
 さ、風呂入って、寝るぞ!
 明日も、フルスロットルでがんばるぞ!
 
 いや、このふらふらした感覚、たまらない、とMっぷりを確認しつつ、鼻歌をうたっている次第でございます。
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2009年05月27日

REPORT 73 フォーミュラ・ワン

 フォーミュラ・ワンとは言うまでもなく、世界最高峰のモーターレースのこと。F1と言った方がなじみがあるでしょう。
 F1はモータースポーツであると同時に、世界屈指の大会社が集う、技術競争の場でもあります。カートでレーサーを目指す人だけでなく、ロボコンなどで機会に夢中になっている人にとっても最高峰の夢の舞台なのです。
 世界最高峰の技術者たちが、コンマゼロ何秒の世界で熾烈な戦いを繰り広げるため、F1のマシンは少しずつ研磨されていき、必然的に美しいフォルムを持つこととなる。まるで、大理石から掘り出された彫刻、サンピエトロ大聖堂のピエタのように、そのマシンは無駄がなく美しい。
 そして、F1界にはそれを裏付けるような格言があります。
 「最も美しいマシンが、最も速い」
 その芸術的なマシンは、まずはスーパーコンピュータの中で、物理学の博士号を持つような、スーパープロフェッショナルたちの手によって形作られます。まずは理論的に最も速い車が、プログラムとして組み上がるのです。そして、1/4、または1/2スケールの模型を作り、そのマシンの上を風がどう流れるかを実験します。それが市販車でも使われる風を生む洞窟、「風洞」での実験です。ここで、極限まで空気抵抗を減らし、そのデーターを元に今度は実際のレーシングマシーンを組み上げるのです。そしてテストコースでのテストランとなる。
 ところが、この風洞実験の値と実際の外のコースで得られる値が大きく食い違ってしまうことがあります。理論的には完璧であっても、実際に走らせてみると思った通りの速さが出ないということがある。
 世界企業ホンダがF1を撤退したのは、まさにこの理論と実走との間でデータの食い違いがあったことが原因でした。
 スーパーコンピュータのはじき出した数字に基づく風洞での実験が、実際のスピードと食い違う。
 つまりは、どれだけすばらしい理論を打ち立てたところで、実際に速くならなければ、それは机上の空論に過ぎなくなる。
 
 
 4月からのおよそ二ヶ月間、僕が思い知ったこともまさにこの机上の空論だったように思われます。
 この一年間というもの、机上での理論は完璧なまでに組み上げてきました。けれども、実際に「株式会社」というレーシングチームを立ち上げて、レースに挑もうとするが、作業が遅々として進まない。レースを走らせるどころか、未だ肝心のマシーンが組み上がらずに、スタート・グリットにマシーンを並べることすらできない状況です。
 株式会社とは言うまでもなく、公に認められた法人であります。設立登記を済ませた時点で、商人として生まれ立ったことになります。商売に最も必要なものは、無論、信用でございます。
 それを重々承知の上で、僕はここにこう書かせていただきます。
 およそ二ヶ月間の僕の経営は失敗であったと。
 何をもってこう言うのか。
 僕は企業前から成功の第一条件は一年間資金をショートさせないことでした。
 厳密な意味で、この条件は未だに生きているとも言えますが、実質的には完全なる失敗です。すなわち、早々に追加融資で以後の事業資金をまかなうことになりました。
 断腸の思い、とはまさにこのことで、恥を忍び追加融資のお願いをいたしました。それで快く引き受けていただき、十分なほどの活動資金を再び得ることができた次第でございます。
 活動資金を得たとは言え、これは借金であり、実質的には一度倒産したも同然です。
 まず、これを認めなければ何も始まらないと思い、あえてここに事実を書きました。つまり、ここからが本番ということです。
 短い期間でしたが、僕は苦悩しました。資金のこと、これからのこと、現実的に山積する様々な問題。毎日が今まで味わったことのない恐怖との戦いだったと言ってもいい。その恐怖によって、明らかに僕は萎縮しておりました。当初の計画で言っても、その営業展開達成率は20%に満たない状況だったのは、ひとえにそれが原因です。人のふんどしで戦うときにはいくらでも無茶ができたというのに、いざ自分のふんどしで勝負をしてみると、得意の攻めが全くできなかった。押し出す勇気を持てなかった。やる気だけが空回りして、攻めるべきところ、投ずるところを見失い、結局は時が金であるということを認識しないまま、運転資金を消耗して行ったのです。中途半端もいいところでした。前に書いた、ナポレオンの敗因と同様、僕は時という敵の、各個撃破の対象となっていたのでした。
 
 さて、なぜ僕はこう赤裸々に書いているのでしょうか。 
 間違っても、諦めたからではございません。全くの逆で、ようやく確かな手応えを感じ始めたからです。ようやくレースをするための条件が整いつつあるからです。すなわち、戦うためのマシーンが完成しようとしているのです。 
 僕の失敗はレーシングチームの運営であって、レーシングマシーンの設計は間違いのないものだったと思っております。マシーン、すなわち商材サンプルを作り上げていくうちに、このサービスは間違いないと自信を抱くようになりました。あとはレースを走らせる状況に持って行けばいい。そして、追加融資の決定で、それが現実のものとなろうとしているのであります。レースを走ることができれば、勝つ自信はあります。つまり、マシーンができつつある今、あとはレースを走るための営業が必要となるということです。
 それも今週の金曜日に行政書士としての登録式を経れば、ようやく実質的に行政書士としても活動できるので、営業の面でも大きくプラス要因となります。
 とにかく、後は僕の実際のレースを観ていただくしかないでしょう。これからが本当の正念場ということになります。言葉を、行動で証明して行かなければならない。
 心機一転して戦いに挑むためには、まず失敗を認めるところから始まる。
 そう思い、今回このような形のブログを書かせていただきました。
 これによって、会社としての信用が著しく傷つくのも覚悟の上です。
 これからの僕の奮闘をご覧いただければと思っております。
 
 また、いつもたくさんの応援と支援、本当にありがたく思っております。
 
 それと、イニシャルもなしで匿名でいきますが、昨日の電話で吹っ切れたところがありました。おそらく、その人はこのブログを読む暇もないほどに奮闘中でしょうが、一応書いておきます。
 利益を出してこそ、夢や理想を唱えられる。
 企業は結局は利益を出す人材を欲しているのだ。
 まさに、その通りだと思いました。
 僕の場合、若い人々の夢を支えるために、僕自身が財務基盤を整備しなければならない。つまり、会社として利益を上げないことには、なにも始まらないのだと改めて気付かされました。
 いつも、どん底の時、助けてくれてありがとうございます。
 君も僕と同様、社会の巨大な壁に挑んでいるところなのでしょう。あるいは、僕よりも厳しい戦場に身を置いているのかも知れない。
 お互い、がんばりましょう!
 
 
 
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2009年05月24日

REPORT 72 モスマック症候群

 昔から、気になる会話がございました。
 特に若い女性たちの中での会話なのですが、それを聞くとどうしてかゲンナリしてしまうのです。
「あたし、マックあんまり食べないんだよね−。マックよりもモスがすき」
「あ、わたしもそれわかる−」
「だよねー」
 言うまでもなく、マックはマクドナルドでモスはモスバーガー。両方ともファーストフードのお店でございます。
 たいていの場合、このやりとりにおいてまず出てくるのはマックという単語です。マックという単語のみで終わっていいはずの会話に、なぜかモスという単語がかなりの確率で顔を出すのです。
 この会話は、同族確認、および共鳴確認的な静かな微笑で終了いたします。
 本人たちは、どうやらそれでマックを好きな人たちよりも自分たちを高いところで差別化しているのらしいのですが、実はそれ、大変申し訳にくいですが、自分のつまらなさを強調しているだけだと僕は思うのです。
 だって、どちらもファーストフードじゃないか。そもそも、値段の設定が違うじゃないか。と、いうか、マック、ふつうに美味いじゃないか。
 ポテトチップとかガーナチョコとかカップラーメンとか普通に美味いですよね。当然、ゴディバとか行列ができるラーメン屋さんのラーメンとかの方が美味いに決まってますが、それをあえて強調する必要ってないですよね。当然のことですから。
 なのに、なぜ若い女の子の会話の中で、マックはモスによっておとしめられるのか?
 仮にそれをモスマック症候群と名付けましょう。
 
 その感染理由をお答えする前に、もう一つ、同様の人たちの会話の中でよくあるものを紹介しておきましょう。
「あー、あたしあんまりテレビとかみないんだよねー」
 だから? それって偉いの? 何アピール? 
 それを言うのは圧倒的にマスモック症候群の人に多い。統計的に見て、モスマック症候群の人がこの症例を併発する場合が多いのです。
 断っておきますが、仕事や勉強などで普通にテレビを見ない人、または本当にどうしてもマックが嫌いな人は今言っているモスマック症候群には含まれません。ここで話題にしているのは、聞かれてもいないのにモスを引き合いに出し、聞かれてもいないのにテレビを否定する人のことです。
 なぜその症例を発症する人が多いのか?
 答えは至極簡単でございます。
 先ほども少し申し上げましたが、一般大衆と自分をほんの少しだけ差別化したいのです。
 ここで重要なのは、「ほんの少しだけ」というところ。それ以上に差別化が飛躍してしまうと、逆に「変わり者」のレッテルを貼られてしまうからです。
 それでは彼女たちはモスマックを言うことによって、本当に一般大衆とは差別化されるのでしょうか?
 される訳がございません。むしろ、皮肉なことに更に一般化が進む、あるいは、lこれで生涯一般化の呪縛から抜けられなくなった、と言ってもいい。
 なぜなら、モスもマックもファーストフードに他ならず、大差ないからです。そこのところで大差あるように見せかけるのは、自分自身が一般化から抜け出せない何よりの証拠となります。
 彼女たちにとっての一般化からの脱出大冒険が、マックからモスでしかなかったということです。
 それで、僕はゲンナリするのです。あまりに不憫だからです。
 
 
 ですが、このモスマック症候群は日本人の国民病と言っても差し支えないのではないでしょうか。
 このモスマック症候群が、日本人の感性的な基盤に巣くっているからこそ、日本は類を見ない流行主義社会となってしまっている。あれがいい、となると一斉にみんなが群がってしまうのです。ところが、当の本人たちは自分たちが流行のただ中にいるとは意識していない。一般のつまらない人よりも一段階高いところにいると思い込んでいる。しかし、すこし俯瞰してみると、それは流行のただ中に他ならないことがわかるはずです。まさに、モスマックの症例のように。
 
 じつは、ここからが本題でございます。商売をやろうとしている人、商売をやっている人は是非聞いてもらいたい。
 日本人の多くが、このモスマック症候群に感染しているからこそ、逆に流行を仕掛ける方としては商品やサービスの発信がやりやすいと言うことになる。マーケティングが、かなりの精度で通用することになります。
 前職にある際も、さらに大学などで話させていただいた際も、ベストセラーの理由を聞かれると、僕は必ずこう申し上げてきました。
「90%のベタと、10%の変化」
 つまり、ベタの方が人は安心するのです。ドラマでも音楽でもそうでしょう。ヒットするのはみんなベタなものです。一昔前の韓流や恋愛小説ブーム、モーニング娘。などをみればわかるでしょう。けれども、人は完全にベタなものは求めていない。10%程度の変化を求めているのです。
 たとえば、小説・映画『容疑者Xの献身』などがいい例です。あの話は90%ベタな話で、最後の10%において話をひっくり返し、大ヒットした。つまり作者や制作者の「サービス」によって90%読者や観客は安心しきっていたのです。これくらい、予想がつくさと、作品制作者よりも精神的な優位な状況で物語を楽しんでいる。これは実は読者・観客によって、とてもここちのいい状況です。デパートで丁寧なサービスを受けて、自分が偉くなったと勘違いしているような状況とかわりございません。
 ところが、エンターテイメントにおいて、100%のベタは「つまらない」と切り捨てられることとなります。それで10%程度の変化が必要となる。それが『容疑者X』における、最後のどんでん返しだったりするわけです。
「やられた! 油断してたよ!」この興奮が「おもしろさ」となり、ひいては作品のヒットにつながるのです。
 つまり、作る側、売る側としては大いにこのモスマック症候群の理論を応用すればいいということになります。そういった習性を知ることで、必然的に売るためのアプローチが変わってくるものと思われます。
 
 ちなみに、モスマック問答で僕が安心するのは、こういう答えをする子がいた場合です。
「あたし、マックすきー。ポテトとか無性に食べたくなるときあるよね」と素直に言える子か、あるいは逆に「そもそも、私、ファーストフードとか食べないから」と衒うことなく言う子。
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2009年05月21日

REPORT 71 夢見るタンク

 今日、遅めの昼食をとりつつ、再放送の『華麗なる一族』をテレビでぼんやり見ていました。
 で、思いがけず大泣きしてしまったわけです。
 ティッシュ一枚レベルの泣きと思いきや、二枚でも足りず、三枚目、鼻をかんでみるとなぜか鼻血までちょっと混じっていて、苦笑でございます。どんだけ興奮しているんだと(笑)。
 キムタクの鉄平が本当にかっこよく、その理想を掲げるところが痛々しく、父親をはじめとする弱い者軍団がつるむところが憎たらしく、それに対しても最後まで正々堂々とした鉄平が実にけなげで、まさにドラマとはああいうものなのだと改めて痛感いたしました。
 ネタバレになって恐縮ですが、鉄平さんは遺書においてこんなことを言っておりました。
「夢をみるということはもしかして弱いということかも知れないが、夢からくる情熱のみが新しい時代を切り開くことができるのだ」
 同感であります。まさにその通りだと思います。
 時に、理想とは青臭く、人によって煙たいものです。
 しかし、こいつ、あほか、と周囲が思うほどに唱えなければ、それはきっと実現しないのだと思います。
 夢に狂うほどでなければ、きっと事は成せないのでしょう。
 たとえば恋愛に傾倒するように、四六時中その夢について考えているということにならなければ、実現は難しい。
 朝起きて、今日は何ができるだろうかと考え、トイレに入り、こう動くべきだとうなり、朝飯を食べながら、さあ、やるぞ、と自分自身にはっぱをかけ、音楽を聞いて戦闘モードに切り替え、あとは遮二無二やるのみ!
 それを戦略的にやることができれば、申し分がない。
 昨日の失敗をぐじぐじと落胆する代わりに、顔を上げて今やるべき事を考えることができれば、おそらくその人は無条件で勝負に勝つ。
 失敗は誰にでもあります。その時にどういった見地にあるかということで、成功者とそうでない人が大きく二分されてしまうのではないでしょうか。
 すなわち、自己弁明、自己保身の理論武装に走り、からにこもってしまっては絶対に成功することはできない。
 自分の何が悪かったのかを客観的にとらえ、では次はどうすべきかを考えられる人こそが、結局は成功をつかむのだと思います。
 昨日の失敗を正当化する暇があるのなら、明日の成功を想像した方がいい。
 重要なのは、いいわけではなく、失敗を認め、常に未来に希望をつなぐということだと思います。
 そして、希望を持つ、夢を見るということは、言葉でいうのは簡単ですが、恐ろしいほどのエネルギーを要します。たとえ、フェラーリに乗っていたとしても、ガソリンタンクが1リットル分しかなければ、人生という名のレースに勝つことはできません。
 そう考えてみると、夢を持ち続けること自体が一種の才能なのかもしれません。
 消耗戦になったときに、あいつ、どんだけガソリン積んでるんだとライバルが呆れるほど夢を持ち続ける人が、結局最後には勝つのだと思います。
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REPORT 70 8月15日に生まれて

 ご存じのように、8月15日は終戦記念日であり、お盆であります。
 僕はこの日に生まれました。
 そして、フランス皇帝にまで上り詰めた、ナポレオン・ボナパルトも8月15日生まれでした。
 僕は小学校低学年の時分から歴史が好きで、学校の図書館で偉人伝などを読んで、一人で興奮しておりました。偉人伝と言っても、その当時読めたのはマンガシリーズでしたが。
 そこでナポレオンと誕生日が同じだということを知って、勝手に親近感を抱きました。
 本当は小説家を目指していたのだというところも、親近感を持つゆえんの一つです。
 彼は小説家になることを断念し、用兵という分野に進み、自分でも思わぬことにその分野で才能を花開かせます。
 あれ、おれ、こっちが向いてたんだね。
 どんどん軍功をあげて、出世をしていくうちに、おそらく田舎出のナポレオンはそんな風に思ったのではないでしょうか。
 自分では至極普通にやっているつもりだったが、知らぬ間に誰もがついて来ることができない境地に達していた。
 なんだかなー、と思ったかも知れません。
 そして、ナポレオンの決して芸術的ではなかった文才の方は、また意外な分野で力を発揮しました。それが、法律の分野でした。
 近代法の元になったとも言われる、いわゆる「ナポレオン法典」をつくったとき、ナポレオンは一度もつっかえることなく、とうとうと条文を作り上げたと言われています。もちろん、伝説でしょうが、それに近いことはあったと思われます。つまり、法的観念に間違いなく優れていた。ルールを作る達人だったとも言える。
 おれ、本当は小説とか、書きたかったんだけどな−。
 そうナポレオンは苦笑したかもしれません。
 ナポレオンは無敵の印象がありますが、常に勝っていたわけではありません。むしろ、要所要所の大切な場面で大負けしているんです。
 ロシア遠征もぼろ負けだったし、そして運命のワーテルローでも戦術的なミスで、イギリスのウエリントンに負けました。
 その時、ナポレオンが犯した戦術的なミスとは実に基本的なことだったのです。
 すなわち、戦力の分散が敗因だった。
 古今東西問わず、兵法の世界において、戦力の分散とは決してやってはならないことです。なぜなら、各個撃破の対象となってしまうからです。戦力はなるべく集中してこそ力を発揮します。
 
 そのことに、今日僕も気づきました。
 あれもこれもではなく、一つの方法について深度を深め、実走させてみる。
 深度を深めることによって、その分野において絶対的な自信を持つことができ、成功率が高められる。
 このブログも次第に商用の趣が強くなってくるために、企業秘密として何の分野の深度を深めるかはここで述べることはできないのですが、僕はある分野の攻略のため、本格的な研究に着手いたしました。
 準備を済ませた後は、とにかく実走させてデータを取らなければ何も始まりません。
 ミス・アンド・トライの実践でございます。
 仮説に基づき、戦略を立て、そして実走させて、何が悪かったかを検証し、さらなる仮説を立てる。
 そうやって繰り返すことでしか、新しい分野とは切り開くことはできないのかも知れません。
 何せ、新しいことをやるのだから、先達のピンポイントな成功談など存在するはずがないのですから。
 つまり、すべては自分でやってみなければならない。自分を信じるしかないということです。
 
 それにしても、このチャレンジできているということが楽しくて仕方がありません。
 自分の能力を極限まで試せるという喜びは、もしかして至上のものかも知れません。
 今日も気がつけば、朝から夜の十時までほぼノンストップでした。誰にやらせられていることでもないので、どこまでも追究できる。チャレンジできる。
 やはり、起業とは面白い。
 軌道に乗せることができたら、さらに楽しいだろうな、と想像するとやる気が満ちて参ります。
 
 皆さんも会社つくってみませんか、などと行政書士事務所的に宣伝などしつつ、今日こそは早く寝てやるぞと思っている次第でございます。
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2009年05月19日

REPORT 69 オフサイド

 日韓ワールドカップによって、サッカーは一躍国民的スポーツとなりました。
 そのときに、よく知られていなかったオフサイドのルールについて、多くの人が理解したのではないでしょうか。
 オフサイドはいわゆる「ファール」であり、相手側にボールが渡ってしまいます。つまり、攻撃の失敗です。
 ただし、オフサイドとスルーパスからのゴールは、本当に紙一重のこと。
 天才と馬鹿よりも紙一重です。
 代表戦だったか、オリンピック予選だったか、とにかく日本代表の試合をテレビで見ていたときのこと、解説の誰かがオフサイドを取られた選手を拍手で讃え、こんなことを言っていました。
「よしよし、その調子でいけ。10回に1回でもオフサイドにならなければ、それは成功なんだ」
 つまり、9回の失敗も含めて、それが成功となるということです。前の9回のチャレンジがなければ、その得点はなかったのですから。
 繰り返しますが、オフサイドとスルーパスからのゴールは紙一重です。
 そして、チャレンジがなければゴールはあり得ない。
 
 僕の人生はオフサイドの連続だったと言っていい。
 つまり、ファール、失敗の連続でした。
 けれども、僕はどんな局面におかれても、一度たりともチャレンジすることを止めなかった。それだけは誇れることだと思っております。オフサイドはそういった意味で、チャレンジの勲章とも言えるのではないでしょうか。
 この勲章が積み重なることによって、ようやくゴールにたどり着けるのだと僕は信じております。
 サッカーの試合を見ていてもそうなのですが、オフサイドを繰り返していると、ゴールの予感というものを、実際に試合をしている人だけでなく、見ている人みんなが感じる時があります。そういうときはたいてい、まもなく本当にゴールシーンを見ることとなります。
 今、その段階なのだと僕は思っています。
 オフサイドの連続。失敗の連続。けれども、それはゴールが生まれそうな予感を抱かせる失敗です。成功直前の失敗。それはきっと、成功のための失敗なのでしょう。その失敗がなければ、その成功はあり得ないという、因果関係にある失敗。つまりは尊い失敗。
 そう考えてみると、有意義な失敗は恐れるべきではありません。忌み嫌うべきでもない。尊ぶべきことなのかもしれません。
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2009年05月16日

REPORT 68 百戦して危うからず

  本日は、この前までお世話になっていた会社の営業本部長Nさんと出版社K社の営業副部長Wさんにお誘いいただいて、映画『ハゲタカ』の試写会に行って参りました。有楽町は、やっぱりあこがれの町です。そのあこがれの町に、東池袋から15分程度であっという間についてしまうとは、やはり僕はとんでもない都会に住んでいるということでしょう(笑)
 コンピュータとの格闘は結局は今日の朝方までかかり、一度は今日のお誘いをお断りしたのですが、どうしてもきなさいとのことでしたので、参りましたら、やはりとてつもなく楽しかったです(笑)。映画も面白かった。
 
 K社さん主催の試写会でしたので、『ハゲタカ』の作者の真山さんもいらして、映画の前に講演していただきました。最近の経済情勢は小説でこれはないだろうというくらいに劇的にしても、現実の方がさらに劇的なので、その上を目指さなければならないというような興味深いお話をされていました。真山さんは元々は読売新聞の記者をされていた方で、だからああも詳しくかけるのかと納得した次第でございます。
 『ハゲタカ』の主人公、鷲津は今回も相変わらずかっこよかった。
 情報が金になるということ、つまり知識こそがビジネスにとって命だということを、改めて思い知らされました。最近僕は雑務に追われ、その重要なことを怠っていたのでした。
 もしかして、法律の勉強をしていた去年の方が、それ以外の勉強までできていたかもしれません。働き、行政書士の勉強をしながら、週に一度はジュンク堂に通い、別の勉強もしておりました。それが確実に自信につながっておりました。けれども、いざ起業となると、引っ越しだ、許認可の手続きだ、トラブルの処理だといった雑務で時間がとられ、知識を吸収する機会が少なくなってしまいました。思わぬ事態でございます。これはなんとか早い段階で修正しなければなりません。
 映画の主人公、鷲津はドラマではこう言っていました。
「腐った日本を買いたたく!」
 そして、今回はこうです。
「アメリカを買いたたく!」
 あまり話してしまうと、ネタバレになってしまいますからこれくらいにしておきますが、彼らがその世界を席巻できるのは、非常に高いレベルの知識や情報を持っているからに他なりません。そして、常に知識や情報が入り込んでくる状況を作り出している。それだから、勝ち続けられるのです。
 中国の兵法家、孫子もこう言っています。
 彼を知りて、己を知れば、百戦して危うからず。
 つまり、古今東西問わず、知識と情報が勝つ上での重要なファクターになっていたことは間違いないようです。
 そして、知識や情報とは、インターネットや本で得られる部分というのは限られております。やはり重要なのは、ミス・アンド・トライを繰り返し、自分でその真偽を確かめること。そして、一つのミスで落胆しないことです。今まさにぼくはミス・アンド・トライを実践している段階にあるのだと思います。それを繰り返すうちに、必ず進むべき方向を見つけ出せるものと思っております。
 
 試写会が終わり、お食事会となりました。
 僕の起業セットをお渡しすることもでき、また実に興味深い業界のお話を聞かせていただきました。僕はもとより、NさんもWさんも話す人だったので、時間はあっと言う間に過ぎていきましたね(笑)。帰りの地下鉄でもWさんとは話まくりで、それでも話足りないくらいでした。また、是非、お誘いください。
 Wさん、ごちそうしていただき、ありがとうございました。
 Nさん、いつもお土産をいただき、ありがとうございます。
 
 *お二人とのお約束通り、さっそくブログに書かせていただきました(笑)。
 
 あと、Mさん、今日はそういうことでしたので、本当にすみませんでした。
 5月の終わりか6月の頭、必ず埋め合わせをいたします。

 
 さらに、宮城塩竃市のS様。
 起業のお祝いをいただきまして、本当にありがとうございます。また、温かい励ましのお言葉までいただきまして、うれしし限りでございます。
 
 こういったうれしいことの連続で、必ず軌道に乗せてみせると、やる気に満ちている次第でございます。
posted by 発起人 at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009年05月15日

REPORT 67 ターミネーターの予兆

 もし、機械が意思を持ってしまったら?
 それが『タイタニック』でも有名なジェームズ・キャメロン監督が描いた、『ターミネーター』の世界の大前提です。
 核戦争後の未来に、機械が意思を持ち、生みの親である人間を抹殺しようとする。機械は効率よく生き残った人間を殺していき、全滅まであと少しというところまできていました。ところが、人間が結束して反撃に出るのです。その時、人類を率いたリーダーがジョン・コナーだったのです。ターミネーターシリーズの1,2と未来のジョン・コナーは姿を見せないのですが、見せないからこそその偉大さが、格好良さがひしひしと伝わってくる! あれはまさに名作だと思います。あのジョン・コナーの描き方は手放しにかっこいい!! 様々なヒーローが映画上に誕生しましたが、その姿を見せずにその格好良さを見せつけたという点で、ジョン・コナーは異色だったのではないでしょうか。そのジョンが機械たちと戦っている時代を描いた作品がついに6月封切られます。『ターミネーター4』です。楽しみで仕方ない。
 (ちなみに『ターミネーター3』は僕の中で存在しなかったことになっています。間違っても、どんなに暇でもみるべきではありません。2から4に行って問題ないでしょう)

 


 別に僕は映画の宣伝をしたいわけではございません。
 僕はこの三日三晩、コンピュータと真剣勝負の格闘を繰り広げていたのでございました。完全リカバリーすること3回、ソニーカスタマーセンターに電話すること7回。僕はついに僕のコンピュータを苦しめていたプログラムを発見し、それをつまみ出すことに成功したのでした!
 静かなる勝利(笑)。
 誰もたたえてくれない、地味な勝利です。
 このプログラムのおかげで、どれだけ時間をロスしたことか。おかしいな、風邪気味かな、程度には一ヶ月ほど前から思っていたのですが、まさかリカバリーまですることになるとは。
 ちなみにリカバリーとは買ったときの状態に戻すという、気の遠くなるような作業です。今まで積み上げてきたシステムがすべて消されてしまう。インターネット接続やメールの設定はもとより、様々なソフトもいれていたので、それもまた入れ直さなければなりませんでした。それを、3回もやるはめになった(苦笑)。
 ソニーのオペレーターは、いわずとしれたプロ中のプロなんですが、彼らを持ってしても原因を突き止められなかった。なぜなら、物体とは複雑になればなるほどに人間などの高等動物により近くなっていくからです。つまり、作った人間にさえも手に負えなくなる。
 コンピュータの調子が悪い、というのは実に人間の体調が悪いと同じようなもので、その原因が風邪などと簡単に特定できればいいけれども、原因不明の場合は専門家、つまり医師でもお手上げとなる。ソニーのオペレーターはこの場合、医師に近い。彼らでも、今回の症状は治せなかった。3回のリカバリーとはまさに3回の大手術のようなもの。それを乗り越え、僕のコンピュータは完璧に機能を取り戻しました!
 仕事がら、映像の編集を繰り返していたので、それが負担となってシステムが徐々におかしくなってきたとはじめは思いました。ある手順でソフトを走らせ、一度機能が停まってしてしまうと、次に起動したときには全く同じところで機能が停まってしまう。その症状が一つのソフトだけでなく、いくつかのソフトであらわれたのです。まるで、好き嫌いをする子供のように、コンピューターは僕の命令を拒絶するようになった。
 ソニーのオペレーターにもこう言いました。
「たとえば、ある手順で操作していき、一度そこでエラーが出ると、同じような状況でコンピュータが同じように停まってしまうということはあるんですかね。コンピュータがまるで意思を持ったように動かなくなるなんてことは、ないですよね?」
 オペレーターは丁寧な口調で答えてくれました。
「プログラムが複雑になってきていますので、我々でも予期しないことが起きるということはあり得ますね」
 つまり、コンピュータが意思を持つこともあるってこと?
 それは、まさに僕の好きな『ターミネーター』の世界ではないか!!
 でも、結局は違ったんです(笑)。
 原因は、ペン・タブレットに付属していた、ドライバ・ソフトと編集用ソフトの相性が悪かったと言うこと。
 コンピュータが意思を持って好き嫌いを言っていたわけではなかったのです。
 とにかく、原因がわかって本当によかった!!粘り勝ちです。修理に出しても、長期戦になったはずですから、本当によかった!
 今までだましだまし使っていて、作業が遅かったんですが、これからは全開でいけます。
 悪戦苦闘したおかげで、このコンピュータのことも、編集ソフトのことも詳しく知ることができたので、雨降って地固まる、ということで、結果オーライでございます。
 それに、こういったトラブルがあった方が、燃えるというもの。
 これからは遅れを取り戻すべく、完全本気モードで参ります。
 山のようにたまった仕事をまずは片っ端から片付けていこうと思います。
 

 

 メールマガジン版『未来に贈る自分物語』の登録にご協力いただいた皆様、誠にありがとうございます。
 コンピュータも復旧いたしましたので、明日、明後日にも第一号を送信しようと思います。
 また、まだ登録なされていない方は、協力お願いいたします。
 

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 小学時代の恩師H先生、激励のお手紙、ありがたく拝見いたしました。今僕がこうしてチャレンジしているのは、あるいは先生との出会いがあったからかもしれません。
 僕が常に言うところの「自分として最大でありたい」という言葉は、先生が常に言っていたところの「自己新記録」と同義だと思います。それをあのお手紙で気づかせていただきました。
 「自己ベストを!」という力強いお言葉をみて、変わってないなと笑ってしまいました。
 また、この前、先日までお世話になっておりました会社の社長にランチに誘っていただきました。営業に関しての具体的な提案、本当にためになりました。実現すれば僕にとってはこの上なくいい話です。これからもお世話になることと思います。忙しい中、気にかけていただき、本当にありがとうございます。
 G女子大学のTさんとN大学のOさんとは、久々楽しく話せました。とくに「2ウィーク」は面白かった(笑)。ああいう風に、いつも素でいられればTさんは無敵だと思います(笑)。Oさんは、レーシックどうだったでしょうか?これからですかね。
 また、いただいたお手紙やメールの多くにまだ返事もできずに申し訳ございません。コンピュータとの戦闘も終わりましたので、来週中にはお送りできるかと思います。
 それとN県で奮闘中のOくん、先輩方にもまれているようですね。急速に成長することと思います。お互いに志を失わずにがんばりましょう!
posted by 発起人 at 02:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009年05月11日

REPORT 66 視線を上げるということ

 前にもこのブログに書きましたが、僕はこう思って生きてきました。 
 
 人生には、面白いか、面白くないかしかない。
 
 だったら、面白く生きた方がいい。
 けれども、面白く生きようとすれば、当然のようにリスクがつきまといます。
 そのリスクをも、面白いと考えられる人こそ、最終的には勝者となる人なのでしょう。
 結局は、同じ物事をどうみるかということ。
 円柱は、上から見ると円に見え、横からみると四角に見える。きっと、物事の多くもそうなのだと思います。と、すればどの視点に自らを持って行けるかということが勝負の分かれ目になりそうです。
 それにはあまり物事をド近眼的に見ずに、距離を持って見るということが必要になる。
 つまり、大局的に見て、今自分は何をしようとしているのか、またはこの失敗はどういう位置づけになるのか、ということを認識できるようになれば、行くべき方向を見失わなくなるのではないでしょうか。
 あまり足下だけを見て、くよくよ悩むのではなく、視線を上げて遠くを望むようになれば、つまらないイライラや小さな不安は少しずつ消えてなくなります。
 重要なのは、今、自分が何をすべきか、ということを常に自身に問いかけることです。ただし、焦ってはならない。焦ってド近眼的になれば、行くべき方向を見失ってしまう。
 
 ということで、僕は視線を上げてみたのですが、あまりに自分がド近眼的だったことに気づき、愕然といたしました。情けなくなりました。ま、でもこれも勉強だと開き直りました(笑)。
 それで改めて五月六月のやるべきことを洗い直してみると、まったく問題がないことがわかりました。
 計画を立てるのに重要なのは、それが必ず達成可能だということです。
 去年、行政書士の勉強をしているときは、週に一度必ず調整日を設け、一日一日目標を達成すると、携帯用のカレンダーに小さな「済」の印を押していました。些細な行動ですが、不思議とこれがモチベーションを保つ秘訣となった。無理な目標を立てて、未達成が積み重なっていけば、まるで借金を抱えていくように、人は焦ります。やる気がそがれます。そうならないためにも、実は計画立案、目標設定とは時間をかけて入念にやらねばならないのです。これを誤ると、大きく達成率を落とすことになる。逆を言えば、これさえしっかりしていれば、結構無理と思われるよな高い山にも意外に登れるものなのです。
 無理のない、着実な計画。日々の達成。
 その積み重ねが巨大な夢の達成へとつながるのです。夢の達成にはその方法しかないとも言える。
 つまり、それがいつも言っているところの「戦略的に」ということでもあります。
 
 
 
 ここに書ききれないほど多くの方に、本当にあたたかい応援をいただいております。
 なんとお礼を申し上げていいものやら、戸惑うほどです。 
 おそらく皆さんの気持ちに答えるのに一番いいのは、成功することだろうと思います。
 皆さんのおかげでこうして成功いたしました。そう心から言えるように、努力するのみです。
 母の日で電話をした際に、母にも言われました。
「おまえ、恩を返さなければならない人が、本当に多くいるね」
 まさに、その通りです。皆さん、親身になってアドバイスしてくれます。応援の手紙をくれます。メールをくれます。
 それが、確実に力になっている。この力を生かさない手はありません。

 無理は、戦略的ではない。寝なければいいというものでもない。
 着実にできることを、こなしてゆくだけです。
 やるべきことを、やるべきように。
posted by 発起人 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009年05月08日

【お知らせ】未来に贈る自分物語 その一

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 愛する子孫にのこすべきは、少しの金銭と、少しの土地と、
 
 そして壮大なる自分物語。
 _______________________________________
 
 はじめまして。
  東京プライズエージェンシー、代表取締役の三浦と申します。
 今日は当社が提供する『未来に贈る自分物語』というサービスについてお話ししたいと思います。
 
 昔々、と言っても僕が小学生の時のことでしたので、おそらく二十数年前のことだったでしょう。
 夏休みの自由研究で、僕は「三浦家の家系図」を作りました。
 仏壇にある位牌を縁側に引っ張り出してきて、一つ一つほこりを払い、それに刻まれた文字を読む。
 戒名と享年、中には生前の名前が書いてある物もありました。けれども、僕にしてみればほとんどが初めて見る名前であり、自分とどういうつながりの人なのかすらも全くわかりませんでした。
 早々に作業を中断し、茶の間に向かって叫びました。
 「じいちゃーん」
 位牌のことごとくを縁側に並べている僕を見て、祖父ははじめ何事かと思ったらしいのですが、家系図を作りたいんだと言うと、そうか、と協力してくれることになりました。
 これはな、どこどこの誰々だと、祖父が言うのを、僕が大きな模造紙にマジックで書き留めていく。徐々に家系図らしい体裁になっていきました。
 ところが、作業半ばまで来ると、一族の総領である祖父さえも、首を傾げることが多くなってきました。
 「ありゃ、これは誰だったべがな?」
 老眼鏡をつけ、黒い位牌を裏表させながら唸る祖父を見て、幼き日の僕はふと寂しい思いにかられました。
 おじいちゃんが思い出さなければ、この人は永遠に忘れ去られてしまうんじゃないか、と。
 「ねえ、じいちゃん。ちゃんと思い出してよ!」
 そう僕がせかしても、やはり祖父でさえ知らない人がいるのです。
 戒名、または法名などと呼ばれる、生前をほとんど想起させることのない、びっとして行儀正しい、一列の文字列。
 あるいは、お寺のお坊さんなら、暗号を解読するように、その文字列から何かを読み取ることができるかも知れません。けれども、位牌を遺された当の子孫である僕たちがわからなければ、意味がないではありませんか。
 田舎の本家の孫として家にいた僕などはまだいいでしょう。外孫としてお盆や正月に田舎に帰るだけの人が、先祖の墓に連れられて行ったとき、誰に対して線香をあげ、誰に対して手を合わせているのでしょう。三代、四代前を知らないのなら仕方がありませんが、早くになくなった自分の祖父母のことさえも満足に知らない人もあるかも知れません。おそらく、両親に連れられてきたから、ぼんやりとした感覚でとりあえず儀式として済ませよう、と思っている、あるいは何も考えていない人が多いのではないでしょうか。
 それもそのはず、お墓の横にたてられた戒名碑には、戒名と享年だけが刻まれ、生前の名前すら刻まれていないこともあるのです。
 それでは、あまりに寂しいじゃないか。
 
 もしかして、『未来に贈る自分物語』の基本的な着想を去年得たとき、僕の念頭には幼い日のそんな思いがあったのかも知れません。
 どういうサービスにしよう。どうしたら、依頼人が満足するだろうか。
 この一年間、このサービスについて検討に検討を重ね、数え切れないほどに改訂を繰り返しました。その間、映画の『おくりびと』がヒットし、小説『悼む人』が直木賞を受賞し、と世の中は亡くなる人、亡くなった人を大切に想おうという、流れができようとしていました。それらが世に放たれ、多くの人に支持されるのを傍目に見て、僕は自分がやろうとしていることが間違いじゃないんだと確信しつつ、更にサービスを改良していきました。そして、このたび、様々な方の協力を得て、ようやく皆様に提供できる形が完成いたしました。
 
 『未来に贈る自分物語』とはサービスであると同時に、本当の意味での人間の尊厳について、もう一度真剣に考えてみようという、ムーブメントでもあると考えております。
 神もまたいい、宗教もまたいいでしょう。
 けれども、それ以上に懸命に生きた我々の父母、祖父母、そして亡き先祖をまずは敬うべきなのではないでしょうか。
 その方の人生を物語として胸にとどめおき、時に引き出し、その物語から人生を学ぶ。
 「おくる」とは、そして「悼む」とはまさにそういうことなのだと僕は思います。
 
 
 また、逆の視点から「のこす」とは、いったいどういうことなのでしょうか。
 残念ながら、まだ若い僕にはそれを実感することができません。
 けれども、過去を偉大に生き抜いたある人の言葉に、その神髄をみたような気がしましたので、参考までにここに引用しておきます。
 
 死を恐れるのは人間の本能である。
 だが、死を恐れるよりも、死の準備のないことを恐れた方がいい。
 人はいつも死に直面している。
 それだけに生は尊い。
 それだけに与えられている生命を最大に生かさなければならないのである。
 それを考えるのがすなわち死の準備である。
 そしてそれが生の準備となる。
 
                  松下幸之助
           (『道をひらく』PHP研究所)
 
 松下幸之助さんとは、いわずと知れた、現パナソニックグループを創立した方です。
 死の準備とは生の準備である。
 たしかに、その通りかも知れません。
 心配事を減らしておけば、伸び伸びと生を謳歌することができるということでしょう。
 
 本サービスもまさにそれを趣旨としております。
 つまり、これからの人生をよりよく生きるためにこのサービスを利用してもらいたいと思っております。
 ここで、サービスの内容について、少しお話させていただきます。
 
 担当のライターが依頼人宅に伺い、お話を聞き、第三者の目から物語を作り上げる。
 それが、このサービスの中核となります。第三者の目から物語を作るとは、たとえば司馬遼太郎先生が坂本龍馬の物語を描くような視点、つまり三人称で依頼人の人生を描くということです。
 また、取材の模様をビデオに収録いたしまして、それを後日編集し、映像として依頼人の語る様子もDVDとしてのこします。これによって、依頼人の方は、まだ見ぬ遙か未来の子孫に語りかけることができるようになります。
 つまり、『未来に贈る自分物語』とは、物語として「かたち」にした、ご自分の人生自体を遺産としてのこすということなのです。
 我々は、全力でそのお手伝いをいたします。
 
_____________________________________________
 
『未来に贈る自分物語』の詳しいサービス内容につきましては、当社ホームページをご覧下さい。
 (株)東京プライズエージェンシー
 http://tokyoprizeagency.com/
 
またはお問い合わせいただけば、無料で詳しいパンフレットを差し上げます。
 
 mirai@tokyoprizeagency.com
  電話:03−6914−2475
 携帯:090−7717−9218
*お気軽にお問い合わせください。
 
 

2009年05月07日

REPORT 65 ハングリー?

 何のかんの言いながら、どうやら僕は重要なことを忘れ去ってしまっていたようです。
 今まで十年以上、僕を支えてきた、負でもあり、源でもある概念。
 それは俗に、ハングリー精神と呼ばれるものです。
 
 小説家を目指していた頃の僕なら、あえて貧しい状況に自分を置き、精神的にも経済的にも背水の陣を布いて、自ら奮起を促しておりました。
 四畳半のぼろアパートに住み、おかずも良くてコロッケ+納豆という時期もありました。また、前日の冷えた飯をおかずに、今日の温かい飯を食べるということもやってました。自分のみすぼらしさを客観しすることで、今の現状を打破しようと精神は躍動する。そうして、志を失わないで参りました。
 ところが、今はどうでしょうか。
 池袋の繁華街の近くに住み、毎朝モーニングにでかけ、全ての食事を外食で済ませる。
 まだ、何も成し遂げていない身分にもかかわらず、です。
 きっと、勘違いしていたのでしょう。のぼせていたのでしょう。
 もっとも大事な、野生を僕は見失ってしまっていた。
 それだから、120パーセントで行かなければならないところを8割、9割で済ませて満足してしまっている。
 これでは、事を成せるはずがない。
 
 対策は、いたって簡単です。
 とりあえずは三食自炊し、生活を改め、同時に節約することです。
 節約で浮いたお金を、営業資金に投ずる。
 この営業資金への投資も、攻め切れていないところがありました。
 先日、M社のMさんがデザインについて相談に乗ってくれたときに言っていた通りでございます。
 「投資すべき所には、投資すべきだよ」
 去年の僕ならば、当然のようにそう言っていたでしょうし、そうしていたでしょう。
 けれども、僕はおそらく攻め切れいていなかった。傍目にみれば、ささいな余白かもしれませんが、僕にとってはそれは重大なロスになります。
 おそらく、営業ツールの完成が遅れているのは、そういったハングリー精神の欠如が原因なのでしょう。
 営業ツールや営業手段の確立なくして、お客様がつくはずがございません。
 気付かせてくれた、M社のMさん、本当にありがとうございました。
 そして、Mさんを通して、破格の値段でデザインを請け負ってくれることになった、デザイナーのNさん、ありがとうございます。詳しくは土曜日にお話しできればと思います。明日中に案をまとめておきます。
 
 僕は東京プライズエージェンシーが提供する『未来に贈る自分物語』というサービスに自信を持っております。今からの時代、絶対に広まるべきものだと確信しております。
 問題は、それを如何にして多くの方に知らしめるかということです。
 それにはやはり効果的な営業展開をする他はないのです。
 矢継ぎ早に、手を打っていこうと考えております。
 プライオリティ・リストに、まだ未発動の手法がいくつも残っております。これを全て発動しただけでも、結構な反応を期待できるはずです。今のところ、発動率は20%程度というところでしょうか。これを高めていけば、必然的に受注率も上昇していくでしょう。
 
 さて、まずは、まないたを買うところからはじめましょう(笑)
 
 
*お知らせ
 明日、ついにウィークリーまぐまぐに、メールマガジン版『未来に贈る自分物語』が新作メールマガジンとして掲載されます。明日から数日間、登録件数が増え、このブログを見る方も増えるでしょうから、それに対応した、ブログの形式をとることにしました。
 今までのような「日記」としての形式(題名が「REPORT〜」と続く形式)とは別に【お知らせ】として、依頼人様ように発信していくことになります。
 いずれにせよ、これからも本ブログをよろしくお願いいたします。
 また、引き続き、メールマガジンの登録をお願いいたします。

 

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posted by 発起人 at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

REPORT 64 “SIGRE-HIKO"

 いつも、このブログをご覧いただいている皆様にしてみれば、もう慣れっこでしょう。
 僕は平気でくさい言葉を吐きます。
 今日は、これです。


 生まれてきたからには、ロマンを持って生きよう。


 僕は今まで、人は弱いから夢を持つと思ってきました。
 逆を言えば、夢という幻想がなければ生きられないというのは弱いと思ってきました。
 でも、ちがうな、と今日、ふと思ったのです。
 いかんともしがたく、夢を追ってしまう性質の人間というものが存在するのです。
 安全で平坦な道と、危険だが魅力的な道があれば、迷うことなく危険な道を選ぶ人種が存在する。
 絶滅危惧種といってもいいけれども、そういった人たちが本当に今の世の中にも存在するのです。

 自他共に認めていることですが、なぜか僕の周りにはそんな友人達が多い(笑)。
 その人たちは普通からみたら、とんでもない飛躍を真剣に信じている人たちで、常識ではあり得ないことを平気でやったりします。逆に、常識にまみれてしまうととたんに魅力を失ってしまうという不思議な性質も有しています。
 実を言えば、こういった人たちにとって、今のこの世の中とは実に生きづらく、鮮やかに生きているように見えて、常に不安と向き合っているということが多い。好きなことをやっているものだから、下手に弱音を吐くことも許されない。でも、好きなことをやっているからこそ、実は悩みや不安が多いということもある。
 しかし、そういう人たちは、その悩みや不安さえも、最終的には人生の面白味に変えてしまうのです。
 彼らには客観的に、または俯瞰的に自分を見る能力が備わっていて、劇中の人として自分を見ることができます。つまり、客が演劇を楽しむように、自分自身が自分のピンチの局面を楽しんでしまう。
 さて、自分、君ならこの局面をどう切り抜けるんだ。
 そうやって、わくわくしながら自分を客観的にみるんです。
 それがつまり、ロマンということ。
 それがまさに、ロマンということ。
 生きることの醍醐味というのは、どうやら、そういうところにあるらしい。
 ロマンとは人生を楽しむということであり、人生の見方を少しだけ変えてみるということです。
 少し、角度を変えただけで、人生は色鮮やかな光を放つこととなる。
 ロマンを持って生きる人とは、その人生の面白味を知っている人のことなのだと思います。
 つまり、決して弱い人ではない。

 

 なぜ、そんな話をしたかというと、ロマンを持って生きている友人達を僕は本当に美しいと思っているからです。尊いと思っているからです。
 どうやって引きつけられたかわかりませんが、僕らはこうして出会った。
 そして、それぞれ大きな夢を抱き、真剣にそれを叶えようと努力している。
 僕らは知っているのです。僕らだけしか感じ得ない悩みがあり、それを癒せるのは僕らだけなのだと。
 もしかして、それを本能的に関知していたからこそ、集まってきたのかも知れません。
 おそらく、そういった特殊な磁場的な空間が、世の中のある地点に形成されることがある。
 ブラック・ホールの逆をイメージしてもらえばいいかも知れません。
 そこでは、それぞれが共鳴しておびただしいエネルギーを発します。まばゆいほどの光を放ちます。
 お互いが疲れ切って、不安に駆られているときでも、会えば、話せばエネルギーが満ちあふれるとはいったいどういうことなのでしょう。
 もしかして、昔漫画家の聖地としてあった「トキワ荘」でも、同じような現象が起きていたのではないでしょうか。
 真のロマンを持つ者が集まれば、何かそういったパワーが生まれるのではないでしょうか。
 そういったパワー、単純にいえばそれは「元気」のことです。

 そして、“SIGRE-HIKO"の理念とはまさに、ロマンを持って生きようということなのです。
 それは、自分自身が主人公の物語を、自分が演じようということなのかも知れません。

 


 昨日から、そういった仲間達には「ある物」を贈っています。または会っている人には直接手渡しています。
 おそらく、僕と夢に深く話したことのある人ならば、それに記されたマークが意味しているところを知っていることでしょう。それを知っていれば、もし仲間達に会えなくて元気がなくなってきたときも、それを見たときにある程度パワーが回復することでしょう。
 こう言うと、何かいかがわしい宗教的なにおいがしないでもないですが、全くそういう意味ではございません(笑)。
 ただ、「ある物」を見ることによって、きっと僕らが会って真剣に夢について語っている時の情景を思い出すだろうということです。とくに、遠くにいて、なかなかいない仲間には効果的なのかなと思います。
 実際、作った本人である僕自身が、「ある物」に煽られています(笑)。
 おまえ、それで本気なのか? まだできることはないか?
 そう問いかけられるような気がします。

 夢のある方、またはロマンについて興味のある方は、直接僕に問い合わせてください。
 本気で夢を追う人ならば、仲間になり得ます。
 これを読んで、何か感じるところがある方は、今は自分でもわからなくとも、もしかして大望を胸に抱えている人なのかも知れません。
 そういう方も遠慮なく僕に連絡下さい。何かのきっかけになるかも知れません。

 

 今日は朝からP社のIくんとガストでモーニングしつつ、様々なことについて語り合いました。
 朝も、けっこういいですね(笑)。
 それで皆さんに送付するパンフレット等をまとめ、西武の中の郵便局に出し、それから夜まで行政書士業務、特に相続関係の洗い直しをやっておりました。
 長い間ご無沙汰していたにもかかわらず、パンフレットをみて、温かい励ましの電話をくださる皆様、本当にありがとうございます。応援は確実に力になります。いつか、恩返しができればと真剣に思っている次第でございます。
 また、さっきまで、明日から所属する劇団とともに関西公演へと旅立つ、Mさんと電話で話をしていました。
 電話を受けたときはお互い、そんなに元気がなかったんですが、不思議なことに電話が終わる頃には回復しておりました(笑)。やはり、夢を持つもの同士、プラス効果が生じるんだと思います。あの調子なら、今回の公演も乗り切ってくれるものと思います。
 よかった。

 

 さて、メールマガジンですが、現在15名の登録が確認されました。
 ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございます。ウイークリーの新着メルマガに載るのは明後日のことなので、その前にこうやって稼げると助かります。最終的には一ヶ月100以上を目指していますので、できるだけ多くの皆様、登録お願いいたします。無料ですので(笑)。

 

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2009年05月05日

REPORT 63 風林火山でいこう

 『天地人』を見ているせいか、最近頭は戦国モードでございます。
 阿部寛扮する上杉謙信の「議」に共感し、信長の強さに憧れ、彼らのライバルであった武田信玄晴信に思いをはせる。
 その武田信玄の旗印になっているのが、ご存じ「風林火山」です。
 「其の早きこと風の如く、其の静かなること林の如く、侵略すること火の如く、動かざること山の如し」
 元々は中国の古典『孫子』からの引用と言いますが、理屈がわかったとしても、実践するのは実に難しいことです。逆にこれを実践することができれば、起業はうまくいくのではないかと思います。
 この中でも最も難しいのは、たとえば大企業などで不況の際に動くべきではない局面というものがあります。その時に「山の如く」動かないでいることは、案外難しいのではないでしょうか。悪いときほどもがこうとし、それで余計に傷口を広げてしまうこともあるでしょう。それを見極め、必ずくる晴れの時を待つという、先見性が必要となります。
 その逆、「火」のくだりも難しい。
 侵略すること火の如し。
 やろう、やろうと思っても、結構尻込みして攻めきれないという場合が、多々あると思います。火の如く一気に攻め上げるというのは、相当の勇気を要します。
 
 さて、今の僕ですが、まさにこの「火の如く」一気に行かなければならない局面にあります。
 昨日の夜、ようやくインターネット・トロイカ計画の第一次改装が一段落し、準備の大きな山場を超えました。
 東京プライズエージェンシーの初期財務基盤を支えると見込んでいる、『未来に贈る自分物語』の総合ホームページも形としてできあがり、またメールマガジン版『未来に贈る自分物語』も滞りなく発刊となりました。
 インターネットの環境が整い、パンフレットができと武器は徐々にそろいつつあります。
 つまり、後は全力で攻めるのみ。依頼人獲得のために、本格的な営業活動に入ります。
 
 これをご覧の皆様にも、起業のあいさつもかねて、パンフレットなどを送付させていただくと思います。お忙しいとは思いますが、どうぞ、一度中身をご覧下さい。そして、できればご意見などをいただければと思っております。
 また、メールマガジン版『未来に贈る自分物語』の方への登録もよろしくお願いいたします。
 月に二回、メールマガジンとしてパズル式自分史作成キットをお送りいたします。無料ですので、お気軽に登録ください。下のフォームからホームページに行っていただき、メールアドレスを登録していただければ、配信されます。
 同時期に発刊されるメールマガジンでの新着発行部数ベスト3を狙っていますので、できるだけ多くの皆様にご協力いただけますよう、お願いいたします。
 
 
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 ここ一週間ほどこのブログを更新できなかったのですが、その間、様々なことがございました。
 故郷、宮城での営業の際にお時間をいただきました多くの皆様、またあいさつ文、パンフレットを送られていただきました皆様、本当にありがとうございました。
 仙台住吉台のSさん、TスポーツのT夫妻にはいつもの事ながら、応援していただき、ありがとうございます。
 また、高校時代の同級生諸君、本当にありがとうございました。飲み会も、楽しかった。終電が夜8時57分でしたので、長くいられなかったのが残念でしたけど(笑)。
 特にS君には感謝いたしております。事前に仲間にもサービスの内容を伝えていただき、またお父様の店にもパンフレットを置かせていただくことになり、持つべきものは友人だと改めて思った次第でございます。お母様にもよろしくお伝え下さい。K屋のH君のところには、僕の方からパンフレットなどを送付させていただきます。これからも、よろしくお願いします!
 また、S君からの公共事業に関する政治的な提言につきましては、明後日、政治家を目指しているP社のI君と会いますので、その時にでも可能性を話し合ってみようと思います。僕としてはとりあえず、一つの方針ができました。いつか、このブログでも公表できればと思っています。
 あと就職活動中のNさん、僕が助けなければならない立場なのに、いつも助けてもらってすみません(笑)。あの電話で元気が充電されました。
 それと、仙台のKさんには朝早くから電話で失礼しました(笑)。
 さらに、M社のMさん、土曜日、急遽相談に乗っていただき、ありがとうございました。あれでだいぶすっきりいたしました。明日もデザインについて、助言よろしくお願いします。
 また、実家のみんなの協力にもいつも感謝しております。
 
 こうして振り返ると、いつものことながら、皆様には助けられております。
 皆様の応援があるからこそ、頑張れるのだと思っております。
 これからも、どうぞ、よろしくお願いいたします。

 

  
  株式会社東京プライズエージェンシー ホームページ
   http://tokyoprizeagency.com/


 

posted by 発起人 at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記