2009年04月12日

REPORT 55 たまには恋愛について

  昨日か一昨日のこと、スタバかヴェローチェかカーサか、それに類するどこかの喫茶店でのことです。
 記憶が曖昧なのは、喫茶店に入ってしまえば昔から周りがほとんど見えなくなるほどに仕事に集中してしまうからです。とにかく、ふと顔を上げると、周りの空間が滲みぼけるほどの美女がおりました。
 お、きれい、と普通に思います。ま、だからどうこうという話ではないのです、知らない人ですから(笑)。
 とにかく、今日の主人公は彼女ではありませんし、僕でもありません。
 その美女の目の前に座る、彼についてでございます。
 これが、こう言ってしまっていいのか戸惑うところですが、間違ってもかっこよくなかったのであります。あまりの「美度」のギャップに友達かな、と思ったのですが、話しぶりをみると、どうも恋人同士の様。
 ということは、姿形でははかり知れない何かを彼はもっているということか?
 自然、その彼を見る目が変わってしまいます。そうです、男にとって一緒に女性というものは残念ながらその男の力をはかる、わかりやすい尺度ともなり得るのです。 あれだけの美人に惚れられているのだから、もしかして、相当に頭がよくて、仕事ができるのかも、とか。めちゃくちゃ運動神経がいいのかも、とか。金持ちなのかも、とか。器が大きい男なのか、とか。
 でも、そういった目でみても、どうもピンと来ません。最近、なぜか「威力」のある男を見分けることができるようになってきた僕の目が、まるで反応しないわけです。たとえばそれは漫画のドラゴンボールに出てきたスカウターのようなもので、強い男は強い数字で見えるというようなことです。
 僕の内蔵スカウターにおける彼の戦闘力は3か4。こう言っては実に失礼な話ですが、敵であれば取るに足らないレベルです。何せ、彼女の美度は同じ尺度で測れば軽く100を超えているレベルのなのですから。
 どういうことだろうか、と僕はペンを止めて、冷めたコーヒーをすすって考えます。
 そうか、そういうことか、と一つ思い当たることがございました。
 ポジショニングだな、と。
 昔、サッカーの日本代表に武田選手という人がおりました。今は日本テレビなどで解説しているので、知っている人は知っているでしょう。三浦カズやラモスとともに黄金時代の読売ヴェルディーを盛り上げた人です。
 これは僕の偏見かも知れませんが、その武田選手というのは、別段他の選手より足がとてつもなく速かった訳でもなく、シュート力があったわけでも、背が高かった訳でもございません。でも、日本代表であり、黄金時代のヴェルディーのスター選手だった。彼が優れていたのは、ポジショニングだったのです。ゴール前にいて、他の選手が強烈に放ったシュートのこぼれ球をごっつぁんゴールする。ロングシュートでも、ごっつぁんゴールでも、とにかく1点は1点の世界です。運がいいと言えばそれまでのこと。でも、武田選手というのはどうもそのポジションにを”戦略的”にやっていたように見えました。よりボールがこぼれてきそうな場所をキープする。それが誰よりも優れていたのではないでしょうか。
 話はもどって美女の前に座る彼。
 つまり、彼も抜群のポジショニングをしていたのではないかと思うのです。
 恋愛におけるいいポジショニングにも2種類あると思われます。
 たとえば女性の多い職場にいたとか、吹奏楽とか女性の多いサークルに入っているとか、本当にいい場所をキープするという、文字通りのポジショニングがいい男。
 もう一つはたとえば、本命のバリバリに男らしい彼に片思いする女性の相談を親身に乗って、「その時」を待つような、精神的な意味でポジショニングがいい男。さっきの例で言えばこれはちょうどロングシュートのこぼれ球を狙う、武田選手の位置です。
 ま、どちらにせよ、何か面白くないわけです。ずるいというか、釈然としない(笑)。
 目指すはやはり、前に飲んだときにN大学のS教授が言っていたスタイルだな、と改めて思うわけです。
「女、女って、自分から女の方に行けば絶対にいいことはない。だめだって。自分の道をしっかりと見定め、全力で何かを目指している男の後ろ姿に女はついてくるんだよ。そうやってついてきた女っていうのは、本当にいい女なんだ」
 思い出してここに書いてみると、あ、たしかにと改めて思うわけです。
 
 ま、それぞれの恋愛スタイルというものがあると思います。
 そんなことを思ったのでした。
posted by 発起人 at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記