2009年01月06日

REPORT 19 7%のゆとり

 本日、帰京いたしました。今年もよろしくお願い致します。
 田舎ではなぜか多忙を極め、せっかくお誘いいただいたのにお断りしなければならなかったこともありました。この場を借りてお詫び申し上げます。春以降、宮城の方へは度々帰ることになりますので、そのときはまたお誘いください。
 今回の帰省ですが、忙しかったものの、僕と致しましては大変有意義なものとなりました。鋭気を補充することもかない、さあ、やるぞ!とやる気十分でございます。様々なプロジェクトが同時進行で推移しますので、いい流れを崩さないようにしようと思います。
 そこで、2009年度の目標を温泉地にて考えました。
 それがこれです。「7%のゆとり」
 頑張ると言いつつ、ゆとりなぞとは矛盾だと思われるかも知れませんが、ゆとりとして自分に与える分は全体の7%であり、93%鋭意努力するという意味です。言い換えれば、93%を更に輝かせるために、7%のゆとりが必要だということです。
 振り返ってみると、去年は本当にやれることは全てやった年で、僕としては1分たりとも後悔した時間はありませんでした。もう一度去年を繰り返せと言われたとしても、それをその通りにこなす自信がないほとによくやったと思っています。ただし、少し頑張りすぎた嫌いがある。おそらく、ゆとりとしてあった時間は全体の2%にも満たなかったと思います。ほとんど休みもなく、それ故に体調を崩した時期もありました。精神論的に言えば、これ以上のことはないのかもしれませんが、これでは効率が悪い。心身ともに疲れた状態のまま、力を発揮できずに終わってしまうことになります。そこで、ゆとり、という話になるのです。
 たとえば、一日を分に置き換えれば1440分になり、その7%はおよそ100分ということになります。去年までなら、その100分を”懸命に休む”時間としておいていたので、精神的には強制された仕事のようなものでした。それを「ゆとり」という概念に置き換えます。つまり、好きに使っていい時間というよりも、余裕な時間を7%分あらかじめ想定しておくのです。たとえば、一日100分のゆとりがあったとしたら、20分寝坊をし、30分電話で友達の相談にのり、また遠回りして20分散歩したとしてもまだ30分の余裕が生じます。これによって何が最も大きいかといえば、常に心に余裕を持つことができ、無駄にいらいらしなくなるという点です。自分にきちきちのノルマを課し、少しでも達成しなければ満足しないという風にすれば、人間狭小になり、それが顔にも表れ、いいことが何一つありません。その一方で自分には7%のゆとりがあると常に思っていれば、多少予定が狂ったとしても焦ることはなくなります。100分余裕があるのだから、ここで少し寄り道したとしても構わないではないかということになります。自然、それが表情にも振る舞いにも表れて、いい雰囲気を身にまとうことになるでしょう。つまり、それが僕が想定する、残りの93%を極限まで輝かせるための7%のゆとりです。
 一日で言えば、およそ100分。
 一ヶ月で言えば、およそ50時間。
 一年で言えば、およそ25日間。
 今年はそれをあらかじめ「ゆとり」として想定しようと思います。
 
posted by 発起人 at 17:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記