2008年12月04日

REPORT 4 士魂

 まったくのプライベートの話だったので、当初はここに書くつもりなんて全くなかったのですが、いい経験をしたので書き留めておくことにしました。
 今日は故あって松陰神社に行ってきました。その故については詳しくはお話できませんが、抽象的に言えば、人のために何ができるかという自分自身に対する問いかけです。僕は今の今まで人に貢献するということがまるでなかった人間なので、その方法があっているのか、本当に人のためになるのか、残念ながら客観的に判断することができません。ただきっとその人のためになるだろうと思い、新宿から京王線で下高井戸へ、そして東急世田谷線というかわいい電車に乗って、松陰神社に辿り着いたのでした。
 松陰神社とは、無論、安政の大獄の犠牲となった、吉田松陰先生がまつられている神社です。無事にたどり着いたまでは良かったものの、今日は月に二度か三度しかない、「社務休みの日」。これでは目的を達成することはできません。その現実を目の当たりにして、思わず、一人、苦笑です。生まれてこの方、神仏などを敬ったことがなかった僕が、困った時の神頼み的にひょろっと訪れてお願いして帰るなんて、あまりに虫がよすぎる話です。これは松陰先生が「神をなめんなよ」と言っているのかなと、当初は思わないでもなかったのですが、閑散とした境内に足を踏み入れると、実に心地よい気分になりました。今日は天気もよく、朝の光は清々しい。松陰先生がこう言っているように思えたのです。「まあ、そう焦らないことです」
 人がいない松陰神社を僕は歩きました。社殿に御神体があるばかりでなく、隣の墓地には実際に松陰先生のお墓があるということで、その方に行ってみました。
 松陰先生の墓は、色づいたもみじの下で、ひっそりと佇んでいました。他に並ぶ弟子たちと同等の、小さな墓標。それを見下ろしていると、唐突に涙が溢れそうになりました。それはあまりに松陰先生らしい墓でした。
 松陰先生の辞世の句を思い出しました。
「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」
 先生がこの国に残した、その強烈なまでの士魂はもう滅んでしまったのでしょうか。
 そう先生の墓標に問いかけ、申し訳なく思いました。情けなく思いました。
 それから社殿にお参りをし、松下村塾のレプリカを眺め、また司馬先生の小説を読みたいな、などと思いつつ、のんびりと静かな時間を過ごしました。
 帰りがけ、一台のジャガーが門前に横付けさせるのを見ました。その中から、四十代前半とおぼしき、屈強の男性が降り立ちました。見るからにやり手の、見るからに成功者。彼は尋常でない面持ちで真っ直ぐに社殿の方を見つめ、その方向に歩いて行きました。僕の存在などないかのように。
 僕は気になって振り返り、その様子を見ていました。大きな背中が社殿の前に立ち、賽銭が投げ込まれる音がする。実に美しい、二礼二拍一礼。こちらに向かって来た彼は、何かを洗い落としたように清々しい面立ちをしていました。見るともなしに見ていた僕は、思いがけず彼に目礼され、戸惑いながらも軽く礼を返しました。走り去る獰猛なジャガーを見送りながら、僕は何かとてつもなく美しいものを見たような気がしました。
 もしかして、士魂は目立たぬところで、人知れず生き続けているのかも知れない。
 そう思うと救われたような気分になりました。
 「また、来ます」
 そう心の中でつぶやき、社殿に向かって頭を下げ、僕は松陰神社を後にしました。
posted by 発起人 at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記