2008年12月29日

REPORT 18 本当に暇な方へ(1/7更新版)

 本当に暇な方のために、ある種のゲームをご用意いたしました。
 このゲームは近くにセブンイレブンがあれば、全国どこからでも参加できます。あと、ゲームの参加料といたしまして、60円ばかりご用意ください。
 手順をご説明いたします。
 まず、お手持ちの携帯電話に「21858843」と打ち込み、通話ボタンを押し、すぐに通話を切ります。
 そして、セブンイレブンに行き、大きなコピー機(マルチコピー機)の前に立ち、60円を入れ、「ネットプリント」を選びます。
 画面が進むと、番号が入力する画面がでてきますので、携帯電話を取り出し、リダイヤルの画面から先ほど入力した数字「21858843」を呼び出し、そのまま入力します。(もちろん、メモして行っても構いません)
 フルカラーB4サイズで画面の指示に従ってプリントを実行すると、きっと面白い物が出てくると思います。何が出てくるかは、出てきてからのお楽しみです。
 勘のよい方はそれが何だかすぐにわかると思いますが、わからない人も白い横線の通りにやまおりにすれば、それが何だか気付くはずです。
 実は、これ、今僕が推し進めている"TENRO-IN"プロジェクトの一端です。僕が何をしようとしているのか、もしかしてこれで気付かれる方もおられるかもしれません。
 気に入った方は、是非、お使いください。今まであまり見ないデザインに仕上がっていると思います。
 
*上記の番号でプリントできるのは1/14までですのでご注意ください。

 また、前回の番号「90302443」は1/4までの期限でしたので、現在はその番号ではダウンロードできません。
 

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2008年12月28日

REPORT 17 "TENRO-IN"プロジェクト

 ミッシング・リンクとして前回にご紹介した極秘プロジェクトですが、想定していたよりも様々な可能性を秘めていることがわかり、今、僕はそのプロジェクトの推進に没頭しています。それが楽しくて仕方がない。今やっている仕事をそのまま踏襲できるということが、とてもうれしいのです。いまだに詳しいことは言えないのですが、”TENRO−IN”プロジェクトとしてその計画が始動しているということはお報せしておきます。
 すでにそれ専用のホームページの仕様もできあがりつつあり、テスト・ラン開始予定日である2月1日には、かなりの完成度に至っていることと思います。または提携を予定しているサイトからも商用として利用しても全く問題ないと、かなり好意的な返信があり、これについても胸を撫で下ろしたところです。あとは計画どおりに推進すれば、二月の"SIGRE-HIKO"の集まりの時には、かなり具体的な提案ができることと思われます。
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2008年12月25日

REPORT 16 ミッシング・リンク

 新プロジェクトのアウトラインができました。
 実はおとといの夜に思いついたばかりで、昨日はこのプロジェクトの検討で一日を費やしました。朝にガストでモーニングを取りながら骨格を固め、その足で池袋のジュンク堂に行って関連する書籍を読みあさり、また購入し、その後も数件の書店をはしごし、インターネットで関連情報を調べて、ホームページへの導入を検討する。クリスマス・イブにもかかわらず、僕はそんな状況でした。残念ながら、プロジェクトの詳細については極秘に進めますので、ここに記すことはできませんが、このプロジェクトによって出版社の方へも、大学関係者の方へも具体的な良い提案ができるようになると思います。きっと、二月頭の"SIGRE-HIKO"の集まりの際には具体案としてある程度のものを提案できるはずです。プロジェクトの費用や労働性に関しての問題はすでにクリアしています。あとは細かい法的な問題の確認がありますが、規約を読む限り今のところ引っかかる点はありません。また、出版社さんに関しては各担当者の方の一存では決められないとは思いますが、それもゆくゆくはクリアできると考えております。来春の株式会社設立登記が済んでからの本格始動となりますが、テストケースとして早ければ一月中にもホームページ上でプロジェクトを走らせてみようと考えています。
 このプロジェクトは"SIGRE-HIKO"の構想にとっては欠かすことのできない、そして本来なくてはならなかったものとなるはずです。つまり、古生物学上の「ミッシング・リンク」の概念とさほど遠くない位置付けになるでしょう。(ちなみに「ミッシング・リンク」とは進化などを論ずるときに使われる言葉で、たとえば猿から人間へと進化する途上には必ず類人猿なる存在があるはずだと理論的に考えらるときに、実際に類人猿の化石が見つかった場合に「ミッシング・リンクが見つかった」というふうに使われます。)
 このプロジェクトのアウトラインだけでもできていたら、12月12日の会はもっと有意義なものになっていただろうと考えると、悔しくてやりません。ですが、逆説的に考えてみると、あの場で構想の曖昧性が明らかになったからこそ、比較的早い段階でこのプロジェクトが浮上することになったということもできるでしょう。
 いつも本当に真剣に話を聞いてくださる皆様、本当にありがとうございます。皆様がいるからこそ、少しずつではありますが、構想が形になっていっているのだと思っております。
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2008年12月22日

REPORT 15 成功回避型の心理

 本当はもっとやれるのに、潜在意識が勝手にブレーキをかけて成功を無意識的に回避しようとする心理のことを「成功回避型の心理」というそうです。そもそもは総合職として出世した女性が、同僚の男性に妬まれないように、そういった心理が生じたということだそうですが、この心理については幅広い分野に応用して考察できると思います。
 僕の実家がそうなのですが、たとえば江戸時代からの百姓である場合、村八分などを恐れて目立った行動を取ることを習慣的に控えます。また、同じ百姓同士だけではなく、支配者である侍身分の人間から目を付けられると更に厄介になるために、ここでも意識的にせよ、無意識的にせよ、成功回避的な行動を取るようになります。また、地域的な問題も無視できません。東北地方は古代より中央の支配を受け続けていました。もう千年以上も前の話ですが、蝦夷(えみし)と呼ばれる民族が朝廷に対して幾度となく反旗を翻していた時代がありました。坂上田村麻呂や征夷大将軍という、キーワードが現れるのはこの頃のことです。征夷大将軍という言葉も象徴的ですよね。源頼朝依頼、日本の実質的な最高権力者が就いた地位が征夷大将軍ということになるのですが、その意味は読んで字の如く、蝦夷つまりは東北地方を征服する任務を負った将軍なわけで、東北人は支配されることが宿命付けられていたという言い方もできると思います。言い換えれば、東北人は支配されることに慣れているのです。
 東北出身であり、百姓の出である僕はまさに成功回避型心理がもっとも発動しやすい環境で生まれ育ったということになります。もはや、遺伝子に組み込まれていると言ってもいい。この成功回避型心理という実に厄介な病に感染していると気付いたのは、本当に最近のことです。たとえば僕は最近まで小説家を目指していたわけですが、思い返してみれば、落選を知ったときは確かに落胆するのですが、その一方で安心している自分も確かにいたのです。それには、プロとしてやっていく自信がない、まだモラトリアムを終わらせたくない、という意識も働いたのでしょうけれども、それ以上に潜在意識上でこの心理が働いたことが大きいように思われます。
 ワタミグループの総帥、渡邉美樹さんは幼い時に母親を失い、また父親の会社が倒産するという不幸を体験している方なのですが、何かの著書でこんな趣旨のことを言っておられました。
「不幸が起きると、やっぱり自分には不幸が合っているのだと安心している自分がいました。不幸に慣れてしまっていたのです。この自分を払拭するために、私は内心で人知れず壮絶な闘いを繰り広げていました。自分は成功していいんだと自分自身に常に言い続けていたのです」
 これこそがまさに成功回避型との闘いでしょう。そして、渡邉さんは見事その心理に打ち克って成功を収められた。僕が見本にすべき実話がここにあると思います。
 今僕は想像していた以上に順調に事を進めています。それはそうなるように着実準備を進めてきたという経緯があるのですが、ここで慢心しては事がだめになる。それ以上に恐ろしいのが成功回避型の心理です。成功することに躊躇し、失敗することに安息を覚える。これでは一生堂堂巡り。まるでデフレスパイラルのような負の螺旋を下り続けることになります。そこから脱するためには、渡邉さんのように成功していいのだと自己暗示をかけることが必要でしょう。そして、何より、これだけやったんだから当然成功するだろうと自他共に認めるほどの努力をする必要がある。
 文法的にやや間違っているかも知れませんが、僕は最近自分自身に対して言い聞かせている言葉があります。
 やるべきことを、やるべきようにやれば、奇跡は奇跡でなくなる、と。
 あるいは成功者と呼ばれる、各世界のトップに君臨する人々は自分が立ちえている場所が頂点だとは認識していないのかも知れません。彼等はこう言うでしょう。無我夢中でやっていたら、この場所にいただけだと。その境地に至ることが理想です。このステージに到達することができれば、成功回避型の心理は見る影もなくなっているでしょう。
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2008年12月20日

REPORT 14 現実と幻想が交差する空間

 あらゆることは、面白いか、面白くないかの二択でしかないと僕は思っています。
 ”SIGRE−HIKO”を構想する上でも、東京プライズエージェンシーの業務を考える上でも、その案は本当に面白いのか、と自問します。それは同時に、何ものにも侵されえない聖域として、ある一定の「遊び」の領域を保たなければならないということでもあります。そのゆとりを失ってしまったとき、この構想自体が瓦解するのだと思っています。
 若い方々の夢をサポートするには企業として利益を上げる必要があります。ただし、その尊い志を養うためには、その金は絶対にきれいなものでなければならないとも考えています。確かに、理想論かも知れませんし、書生論かも知れません。しかし、荒れ狂う海に乗り出そうとしているとき、船長たる人間は目の前の波ばかりに気を取られてはならない。視線を上げて、嵐の彼方に希望を見出す必要があるのだと思います。それが理想であり、志である。つまり、リーダーたる者はどんな状況に置かれた場合も、いや苦しい状況に置かれた場合にこそ、夢を高らかに唱えられなければならないのです。
 部下はきっとこう思うでしょう。こんなときに、何を暢気なことを、と。
 けれども、リーダーがゆるぎない自信に満ちた表情で、同じ夢を唱え続ければ、あるいは本当に夢が現実になるんじゃないかと、部下は半信半疑ながら思い始めます。そして、リーダーがその夢に向かって一心不乱で突き進む様子を傍らでみるにつれ、部下は次第に心の底からこの人を助けたい、この人について行きたいと思うようになる。こうして、集団が一丸となったとき、恐るべき力が生じるのだと思います。
 僕は夢を語ります。くどいほど、夢を語っています。そして、青臭い理想論を吐き続けます。
 この構想が続く限り、僕は夢を語り、理想論を掲げ続けようと思っています。
 僕の夢の一つが、"SIGRE-HIKO"の構想です。喜ばしいことに、この夢は今や僕だけの夢ではなくなってきている。この現実と幻想が交差する空間、"SIGRE-HIKO"を、現実の側面からしっかりとサポートする役目を負っているのが、鞄結档vライズエージェンシーです。"SIGRE-HIKO"が常に面白くあるために、鞄結档vライズエージェンシーはきれいな金を集め続けなければなりません。確かに理想論ですが、それは不可能ではないと僕は考えています。そのための準備を今僕は少しずつではありますが、進めているわけです。そして、きっと二年後、三年後にはしっかりとした形として世の中に提示することができるようになると思います。
 これが"SIGRE-HIKO"だと。これが東京プライズエージェンシーだと。
 "SIGRE-HIKO"がより多くの人に共有される夢になることを、僕は願います。
 つまり、これは一緒に夢をみませんかという、ある種の提案なのです。
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2008年12月19日

REPORT 13 ストロベリー・ファーム

 ”SIGRE−HIKO”の中で、中核に育てて行きたいと当初から考えていたユニットがあります。
 それが女子大生による、本気の文芸ユニット「ストロベリー・ファーム」です。
 構想自体は前々からあって、ぼんやりとした輪郭だけがあったんですが、昨日、今日とその中核メンバーと話しているうちに、とても素敵な案が浮かびました!彼女たちが発行することになる、メールマガジン『ストロベリー・ファーム通信』についてなのですが、その企画の内容が面白い!もしかして、先行する文芸系のメールマガジンを短い期間で圧倒してしまうかも知れません。それだけの潜在能力を持ったメルマガになると思います。第一、一読者として僕が『ストロベリー・ファーム通信』創刊号を早く読んでみたい。残念ながら、企画の段階ですので、今の段階では詳しい内容はここには書けませんが、きっといけます。ヒットの予感です。目標である3000人以上の登録による殿堂入りも夢ではないかも知れません。いや、本当に面白いことになってきました。
 きっと素材として最高の物ができるでしょう。後はプロデューサーとしての僕の手腕にかかっているわけです。せっかくの素材も、提供の仕方によっては日の目をみないことにもなり兼ねません。そうならないためにも、がんばろう!やる気のメンバーを見て、そう心に決めた僕でした。
 
 *『ストロベリー・ファーム通信 創刊号』は2月に発刊予定です。
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2008年12月17日

REPORT 12 答えは歴史の中にある

 今日は久々に映画を観てきました。
 三国志をモチーフにした『レッド・クリフ』です。
 元々歴史が異常なほどに好きだった僕なのですが、最近はそういった映画も小説も見ることがなくなっていました。今日の映画で、自分が何者であるかを思い出しました。
 戦闘シーンは格別で血沸き肉踊る思いをしました。それ以上によかったのが人間ドラマです。三国志の主人公として常に描かれる劉備と関羽、張飛などの主君関係はもとより、敵として描かれる曹操の徹底ぶりも、僕としては信長や政宗を見ているようで痛快で、さらには今まであまり興味のなかった呉の孫権についても、偉大な父と兄の影に悩む姿が印象的でした。それぞれ、まるでタイプの違う指導者ですが、それぞれ魅力的です。今の時代のリーダーにも相通じる特質があるに違いありません。

 歴史はある環境におかれた、ある種の人間が精一杯生きた結果がまざまざと描かれているもので、残念ながら人間性というものは科学的な進歩に比べて明らかに進化の速度がおそく、それゆえに我々は十分に1800年も昔の歴史上の人物の生き方を自分の生き方とオーバーラップさせてみることができます。

 特に人間性を浮き彫りにさせるのが戦争です。
 戦争とは極限状態の命のやりとりで、無論、双方はぎりぎりいっぱいの真剣勝負を繰り広げます。その中で常に冷静に状況を分析し、一見、人を小馬鹿にしたような戦術を用いる諸葛亮はやはりかっこいい。ああいうふうに颯爽と知性を用いることができたらどんなにいいかと思います。その彼を三顧の礼で迎えた劉備という人の人柄は、あるいは僕が目指すところなのかも知れません。理想を貫こうとし、その理想のために敗北を余儀なくされることもなる。彼のもとに集った将星たちは、この劉備の仁徳に惹かれて命をかけているのであり、彼に文句をいうことなく、その理不尽ともいえる理想を遂行使用する姿がまた潔くて美しい。
 さらに孫権軍の最高司令官、周ユとその妻小喬との恋愛模様も戦乱の世の中だからこそ余計に尊くうつりました。
 不況といえども今は平穏な世の中です。しかし、年間3万人以上の自殺者が出ているということは、実は我々は見えない戦場の中にいるのかもしれません。そして、ほとんどの人が自分が戦場で戦っていることにすら気付かずに日々を過ごしている。何かを為そうとしている人、または、すでに何かを成し遂げている人は、きっと自分を取り巻く環境を戦場として正しく認識し、極限まで自分を高めることができるのでしょう。だから、誰も彼らには勝てない。人知れず命のやり取りを覚悟した時、人は極限までの力を発揮することができるようになる。平穏の中に戦場を見ることができる人こそが、リーダーとなるべきなのでしょう。
 少なくとも、僕はそうありたいと思っています。

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2008年12月16日

REPORT 11 一目惚れ

 もう完全に一目惚れでした。
 そのロゴを見た瞬間に、「これです、これで進めてください」と言ってしまっていました。別案も作って下さっていたにも拘わらず、僕はデザイナーのYさん、それにB社の社長Tさんの説明を聞く前にもうそのロゴに決めてしまっていました。それほどにそのロゴの完成度は高く、しかも僕が要求した全てを盛り込み、さらにはそれ以上のエッセンスまで注入していただきました。まさにプロの業です。デザイナーのYさんの努力の跡がにじみ浮くような力作です。これが僕が求めていた「世界一かっこいいバラ」、その名も「プライズ・ローズ」です。皆様には近日中に、ホームページの方でお見せできるかと思います。
 とにかく、よかった。ほっとした。実は、当社においてシンボルマークはかなり重要な意味を持つと当初から想定されていて、8月にはすでにロゴの素案検討に入っておりました。それでも素人が頭を寄せ集めても良い案がなかなか出るものではなく、藁をも掴む思いでB社さんにお願いしたのでありました。それで生まれたのが、そのロゴです。
 帰りの電車、僕は渡されたロゴをずっと見つめながら、感無量でした。危うく涙を流しそうになりました。
 これで本当にやっていける、会社としてやっていけるんだという確信を抱かせてくれるロゴの美しさでした。
 興奮さめやらぬ僕は、スタッフを呼び寄せ、どうだろうかとそのロゴを見せました。彼女も全く僕と一緒の反応ので、一緒にがんばろう!と思いを新たにしたのでした。
 完成した「プライズ・ローズ」を活かすも殺すも、あとは僕の手腕にかかっています。もちろん、それにはスタッフや様々な方々の協力を仰がなければならないのですが。いずれにせよ、より多くの人に「プライズ・ローズ」が認知されるように頑張っていこうと思います。
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2008年12月13日

REPORT 10 予測不能の化学反応

 昨日はたくさんの皆様、お集りいただきまして本当にありがとうございました。
 ”SIGRE−HIKO”について、うまく説明することができず、後悔しきりでございます。修正すべき点は早急に修正し、さらに面白い構想にまとめあげることを皆様にお約束いたします。最近の急加速で、3年で出版社の方々に相手にしてもらえる組織にする、という目標を完全に忘れ去って驕っていたきらいがあったように反省しております。本当にさまざま勉強になりました。
 その一方で、時間いっぱいまでいろいろな方面の話で盛り上がっていましたね。それについて大変うれしく思っております。
 S教授とH出版のA君の運命的な出会い(笑)、M社のMさん、O出版のFさんを中心とする学生さん達の、男子禁制のまとまり(異様に盛り上がっていたので、何を話していたのかとても聞きたかったです)、それに僕についてはAさんとY君との技術的な話、恐るべき知識量をほこるO出版のHさんとY先生の、業界についての話など、予測不能の化学反応が随所で発生していてそれぞれすごいエネルギーを発しておりました。
 二次会につきましては、出版社の皆さま方と終電ぎりぎりまで大いに盛り上がりました。宇都宮まで行っていたのに、2次会から参加してくれたP社のIさん、本当にありがとうございます。2次会の内容につきましては、本当はここに書いてしまいたいくらいにとても面白かったのですが、O出版のHさんと完全にオフレコで、との約束でしたので、残念ながら詳細は書きません。とにかく、とんでもない数の引き出しを持ち、頭脳明晰なHさんの実に人間らしい面が見られて本当に楽しかったです。やはり、関根勉は理想です(笑)。それにH社のA君については相変わらず面白かったです。A君にはできれば、やはり彼を圧倒するほどの若いエネルギーをぶつけてみたいですよね。どんなことが起きるか見てみたいです。次回はご期待ください。また、2次会の会場を設定してくれた、Uさん、アルバイトご苦労様でした。そして、ありがとうございます。僕らが盛り上がりすぎていたせいで、入ってこられなかったのかもしれませんね。配慮が足りず申し訳ありませんでした。次は一次会からご参加ください。
 また、さっそくですが、二月の頭の土曜日の夜に第二回目を開催予定です。詳細につきましては後ほどご連絡いたしますので、お友達をお誘いの上ご参加くださいませ。きっと予想しなかった化学反応的出会いがあると思います。
 その時までに、面白く、しかも実践的なプランを練り上げることをお約束いたします。まだまだ形定まらず、走り出したばかりの組織ですが、皆様どうか今後もあたたかい目でお見守りください。
 
 M社のMさん、代表幹事ご苦労様でした。本当に助かりました。
 Oさん、写真撮影、ご苦労さまでした。大変よく撮れておりました。
 Nさんのお友達のKさん、僕と普通にお話くださり、ありがとうございます(笑)。
 N大学のYくん、Yさん、Aさん、ライフストーリー事業に関する問題点につきましては必ず一週間以内に修正案を提示いたしますのでご期待ください。

 
 *ホームページの方に写真ページへのリンクを作っておきました。
  (パスワードは会場となった店の名前(ローマ字小文字)です)
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2008年12月11日

REPORT 9 明日の集まり

 明日の会は思った以上ににぎやかなことになりそうです。
 学生の方々、出版社の方々に加え、大学の先生方や僕が話させていただいたクラスの学生の方も参加していただけるということで、本当に楽しくなりそうです。出版社の方や先生の中には”SIGRE−HIKO”についてまだ詳しくはお話していない方もいますので、どういった反応を示されるか怖くもあり、楽しみでもあります。ともかく、僕一人が話して会が終わった、なんてことのないように気をつけます。出版社の方にも、学生の方にも違った目的を持って参加する方もおられるので、それについては十分配慮いたします。
 また、二次会についても興味のある方は参加してください。Y先生のクラスの方が、別の店を確保してくれているようなので、話足りなかった方はそこで存分にお話しましょう。
 これは反応次第ということなのですが、もし出版社の方が”SIGRE−HIKO”について大いに賛同してくれるようでしたら、新たな展開について構想がございますので、その点におきましてこちらの方からお願いをすることがあるかもしれません。その際は協力お願い致します。
 では、皆様、明日お会いしましょう。不明なことがありましたら、遠慮なく連絡してください。

 最後に、代表幹事をお願いしています、M様。僕はきっと話したい放題になっているとおもいますので、会の運営につきましてはよろしくお願い致します。
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2008年12月09日

REPORT 8 大学にて

 今日はいつも本当にいろいろお世話になっている、とある大学のY先生の授業に参加させていただきました。実はその大学は僕の母校でありまして、と言っても中退だったのですが、学科は違えどもこのような形で生徒さんの前で話す機会を与えていただけるとは、無論、思ってもみなかったことでございます。荒唐無稽な僕の話を、皆様、本当に真剣に聞いていただいて感謝しております。それに何より話している僕が楽しかった。90分という時間が短く感じたほどでした。
 本当はSIGRE−HIKOの活動の細部について、お話したいことがまだあったのですが、それについては後日お会いしたときにでもお話いたします。興味のある方は是非ご一報ください。また、12月12日(金)の集まりについてですが、Y先生ともう一方分しか席を取れないと申し上げましたが、先ほど確認したしましたところ、5席分確保できましたので、もし興味がある方は僕に直接でもいいですし、Y先生を通してでも結構ですので是非ご参加ください。更なる構想についてお話できればと思っております。
 SIGRE−HIKOは今はまだシステムも整っていない小さな組織ですが、しっかり機能できるよう、皆様どうかご協力ください。また、様々なことでお役に立てればと思っております。
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2008年12月07日

REPORT 7 宗教心か、あるいは清廉なる献身か

 祖母のことを思い起こします。
 僕は俗に言うおじいちゃん、おばあちゃん子で二人からは実の子のように可愛がられてきました。ですから、今でも父の日、母の日には二人にも何かしらのプレゼントを贈るようにしています。
 祖母に関して思い出されるのは、駅弁で食べるカツ丼です。僕がまだ小さい頃はまだ近視は珍しかったのですが、僕はどういうわけか小学校低学年の頃から目が悪く、メガネをかけるかどうかの瀬戸際でした。幼い孫がメガネをかけるのは不憫だということで、祖母は様々な眼科に僕を連れて行き、いろいろな先生の紹介を頼りに、遂には視力を回復させるとテレビや新聞でも取り上げられたことのある仙台の眼科医の元にたどり着いたのでした。薬の点眼による治療という、簡単な方法で視力は確かに0.6から最高で1.2まで回復しました。ただし、月に一回鈍行で一時間半以上もかけて仙台に通わなければならず、また毎日3度かかさず点眼しなければならず、ということで面倒になり、僕は治療を放棄しました。それでも、小学校6年生までメガネをかけずに済んだのは祖母のおかげだったに違いありません。毎月、一度の仙台行きの中で、僕が一番楽しみだったのが、電車の中で祖母と食べるカツ丼でした。世の中になぜこんな美味しい物があるのだろうと感動できたのは、仙台という都会で、しかも電車の中で食べるという高揚もあってのことでしょうが、今でもたまにカツ丼を食べるときはその時の記憶が甦るのか、何か違った旨味が混じるような気がします。
 高校や大学受験の時はもちろんのこと、僕が無謀にも小説家になると宣言したときも、祖母は僕の願いがかないますようにとお守りを買ってきてくれました。宗教心どころか、神棚や仏壇に手を合わせる習慣すらなかった傲慢この上ない当時の僕は、祖母の気持ちを考えることもなく、こう冷たく言い放っていたように記憶しています。「神や仏が願いをかなえるんじゃない、頼れるのは自分自身の力のみなんだ」と。そして、きっとお守りはいつも受け取らなかったのだと思います。あるいは、受け取ったとしても鼻で笑って結局は放置していたか。今も根本的に変わりはありませんが、当時の僕は宗教に対して全くもって寛容ではありませんでした。
 けれども、最近、初めて人のためにお守りを買うという、以前からの僕を知る人にとっては有り得ないような行動をとるにつれ、自然と祖母の気持ちがわかるようになりました。そして、今はなんてひどいことをしてきたんだと思うようになりました。誰かのためにお守りという行為は、宗教とか、そういう思想的な話ではまるでないのです。ただその人のことを想うという気持ちが、形となってそう表れたということに過ぎない。それは僕の語感における「宗教」に必ず混じっていた、宗教を通じての何らかの強い欲求という意味合いではなく、むしろ欲求とはまるで方向性の違った、その人を想っての清廉なる献身なのではないでしょうか。
 幸いなことに、祖母は相変わらず元気です。僕の実家のある集落は、95歳越えがあたりまえの、恐ろしく平均寿命が長い地域なので、あと少なくとも20年は孝行できます。ただ、いきなり僕の態度が変わったら、逆に何かがあったのではないかと心配するでしょうから、まずは実家に帰ったときには仏壇と神棚に手を合わせるという、そんな程度のことから贖罪を始めようと考えています。 
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REPORT 6 地下一階の煌びやかな世界

 おとといの事です。その日は池袋でM出版社のMさんと食事をしました。四月に初めて会うようになって、これで何度目でしょうか。「密会」と称して、月に1度くらいはご飯をご一緒して頂いております(笑)。相当に本を読まれている方であり、また本の趣味も僕ととても合います。彼女との出会いがなければ、”SIGRE−HIKO”の構想を実現しさせようなどとは本気では考えなかったかも知れません。いつもまくし立てるように話す、僕の話を温かく聞いていただき、また夜遅くのくだらい電話にも付き合っていただき、本当に感謝しております。いつもは面と向かってなかなか言えないので、この場を借りて。
 さて、おとといは池袋のジュンク堂で待ち合わせたのですが、ホームページ作成関連やその他の本を買う必要があって、二人で数フロアを回っていました。それで最後にMさんが今度の仕事でどうしても読まなければならない本がある、ということで連れて行かれたのが、ジュンク堂の地下一階、一番奥まったところにあるキラキラの場所でした。いわゆるボーイズ・ラブと呼ばれる分野のコミックなどが集められたその一角には、あたりまえの事ですが、男など僕一人しかいませんでした。予想に反して結構かわいい感じの若い女の子たちが静かに本を選んでいました。小さなカルチャーショックです。あ、こんな世界があるんだと、未だに田舎者が抜けきれない僕は、都会はすごいななどと感心してしまいました。
 Mさんの会社の傘下には、そういった種類の書籍を扱う会社もあり、そこで新しい文庫のレーベルを立ち上げる企画があって、営業部所属ながらMさんもそれに協力することになり、「BL(ボーイズ・ラブ)を読む女の子たちがターゲットになるか調べなければならないのよね」との話でした。「あ、そういえば、今度の集まりにくるよ」と、口を滑らせてしまった僕。「なんですって」と目の色を変えて喰らいついてくるMさん。滑ってしまったものは仕方がない。「話が聞けるか、きいてみるよ」と請け負ってしまったのでした。BLを読んでいるということは、女性の方たちはあまり公にしたくないらしく、やばかったかな、と反省しましたが、話の流れ上仕方ないと自分を慰めつつ、腹が極限に空いていたので、ご飯を食べにいきました。
 ここではいつもどおり、僕の話でほとんどの時間が費やされたのでしたが、次にMさんに連れて行かれた妖しげな喫茶店(隣では風俗関係の子が店の関係者らしき人と移籍について話していました)では、今までとは立場が一変しました。「BLとは彼女たちにとってファンタジーなのだ、決してエロではない」との論調でMさんが熱く語り出したのでした。僕もほとんど知らない世界のことだったので、興味深く話を聞かせていただきました。Mさんが熱く語り、僕が静かに聞いて時折質問するという構図は今まであまりなかったはずです。あ、この方はこういう分野になるとこうまで活き活きするんだ、と妙に感心しました。
 期待を裏切ったらまずいと思い、Mさんと別れた後、すぐにその子に電話をして、「BLについて話を聞きたいそうなんだけど、協力してくれる?」と聞くと、困った感じで笑いながらも「いいですよ」ということだったので、一安心。ほんと、よかった。
 それにしても、今度の会はいったいどういう方向に進んでしまうのでしょうか(笑)。みんなそれぞれの思惑があって参加することになりそうです。その場が必要とされることは、僕にとってもうれしい限りです。
 実に、面白いことになってきました。
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2008年12月05日

REPORT 5 名刺

 今、手元に一枚の名刺があります。
 今まだ勤めている会社の関係で、出版大手S社、編集部のS様からいただいたものです。
 作家を目指していた昔の僕は、まさにこの名刺を渇望していたのでした。と、いいましても、無論、今の僕は作家ではなく、作家を目指しているわけでもなく、もしこれからもお付き合いしていただけるのなら、作家とはまるで見る方向の違った立場で仕事をご一緒することになるのでしょうけれども。
 ともかく、この名刺を見るに様々な感慨が沸き起こってくるのです。十年前に、出版社の方と知り合う機会があったなら、代償としてどんなものでも差し出したことでしょう。実際に、か細いつてを頼り、出版社の方と接触しようと手を尽くしたのですが、結局は一人とも会うことはできませんでした。それで仕方なく、光射す方向すら定かではない暗闇の中で、やたらと長い小説を書きつづけていたのです。どこに出す当てもなく、だれに見せるあてもなく。
 それが、今は出版社の方と頻繁に会う機会に恵まれ、学生達に出版社の方と引き合わせることができるようになりました。今の僕は、おそらくきっと、あの当時の僕が会いたかった人間になろうとしているのだ思います。あの当時の僕が渇望していた多くのことを、提供できる立場につこうとしているのだと思います。
 ただ希望とエネルギーだけがふんだんにあって、暗闇の中で自分の美学を貫こうとする若い人たち。少しでもその人たちの力になれればいいと思い、僕は起業を決意しました。彼ら彼女らが奮闘する暗闇を少しでも照らすことができたなら、どんなにいいかと思います。それは過去の自分に対する弔いであるのかも知れません。
 今の仕事のつながりで、お付き合いしていただいている出版関係の方々に、起業後もお付き合いいただくためには、何より僕の人間性を高めなければならないでしょう。そして、”SIGRE−HIKO”のストーリー性を洗練し、さらに面白いものとしていく必要があると考えております。
 僕にできることは何なんだろうか。そう自分に問いかけている毎日です。
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2008年12月04日

REPORT 4 士魂

 まったくのプライベートの話だったので、当初はここに書くつもりなんて全くなかったのですが、いい経験をしたので書き留めておくことにしました。
 今日は故あって松陰神社に行ってきました。その故については詳しくはお話できませんが、抽象的に言えば、人のために何ができるかという自分自身に対する問いかけです。僕は今の今まで人に貢献するということがまるでなかった人間なので、その方法があっているのか、本当に人のためになるのか、残念ながら客観的に判断することができません。ただきっとその人のためになるだろうと思い、新宿から京王線で下高井戸へ、そして東急世田谷線というかわいい電車に乗って、松陰神社に辿り着いたのでした。
 松陰神社とは、無論、安政の大獄の犠牲となった、吉田松陰先生がまつられている神社です。無事にたどり着いたまでは良かったものの、今日は月に二度か三度しかない、「社務休みの日」。これでは目的を達成することはできません。その現実を目の当たりにして、思わず、一人、苦笑です。生まれてこの方、神仏などを敬ったことがなかった僕が、困った時の神頼み的にひょろっと訪れてお願いして帰るなんて、あまりに虫がよすぎる話です。これは松陰先生が「神をなめんなよ」と言っているのかなと、当初は思わないでもなかったのですが、閑散とした境内に足を踏み入れると、実に心地よい気分になりました。今日は天気もよく、朝の光は清々しい。松陰先生がこう言っているように思えたのです。「まあ、そう焦らないことです」
 人がいない松陰神社を僕は歩きました。社殿に御神体があるばかりでなく、隣の墓地には実際に松陰先生のお墓があるということで、その方に行ってみました。
 松陰先生の墓は、色づいたもみじの下で、ひっそりと佇んでいました。他に並ぶ弟子たちと同等の、小さな墓標。それを見下ろしていると、唐突に涙が溢れそうになりました。それはあまりに松陰先生らしい墓でした。
 松陰先生の辞世の句を思い出しました。
「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」
 先生がこの国に残した、その強烈なまでの士魂はもう滅んでしまったのでしょうか。
 そう先生の墓標に問いかけ、申し訳なく思いました。情けなく思いました。
 それから社殿にお参りをし、松下村塾のレプリカを眺め、また司馬先生の小説を読みたいな、などと思いつつ、のんびりと静かな時間を過ごしました。
 帰りがけ、一台のジャガーが門前に横付けさせるのを見ました。その中から、四十代前半とおぼしき、屈強の男性が降り立ちました。見るからにやり手の、見るからに成功者。彼は尋常でない面持ちで真っ直ぐに社殿の方を見つめ、その方向に歩いて行きました。僕の存在などないかのように。
 僕は気になって振り返り、その様子を見ていました。大きな背中が社殿の前に立ち、賽銭が投げ込まれる音がする。実に美しい、二礼二拍一礼。こちらに向かって来た彼は、何かを洗い落としたように清々しい面立ちをしていました。見るともなしに見ていた僕は、思いがけず彼に目礼され、戸惑いながらも軽く礼を返しました。走り去る獰猛なジャガーを見送りながら、僕は何かとてつもなく美しいものを見たような気がしました。
 もしかして、士魂は目立たぬところで、人知れず生き続けているのかも知れない。
 そう思うと救われたような気分になりました。
 「また、来ます」
 そう心の中でつぶやき、社殿に向かって頭を下げ、僕は松陰神社を後にしました。
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2008年12月02日

REPORT 3 人との出会い

 昨日はお誘いを受けて、とある大学の文芸学科の先生方と楽しく飲ませていただきました。S教授のお話は毎回メモをせずにはいられないほどに貴重で、かわいがっていただいていることに本当に感謝しております。お初にお目にかかりましたS先生も僕のたわいのない話をあたたかい目で聞いていただき、恐縮の限りでした。また、Y先生の助手のAさんにも初めてお会いしたのですが、ホームページの作り方や装丁について技術的な面についても丁寧に教えていただき、本当に助かりました。いつか一緒に仕事できればいいなと勝手に思っている次第です。事務局のHさん、手が早く治るといいですね。来週、Y先生のゼミに参加できること、本当に楽しみにしています。ついに僕の計画を聞いていただけるときがきましたね。本当にあたたかく僕を受け入れてくれて、皆様に感謝しております。それになんと言っても話が面白いので、ためになります。また、是非お誘いください。
 そして、つい先ほどのことなんですが、今日は朝からデザイン会社の方と池袋で打ち合わせでした。B社のTさんはとても真摯な方で、さらに面白い方で、初対面にしてかなり打ち解けさせていただきました。しかも、失礼なことに僕はいただいた名刺をよく見るという習慣がなく、話の最後に「B社さんの社長さんってホームページでみると面白そうな方ですね」なんて言ってしまったわけです。「あ、それ、僕ですが」と言われたときにはサプライズでした。「あ、社長さんだったんですか。では先輩でもあるわけですね」ということで、デザインのみならず、会社設立や運営などについても教えていただき、大変有意義な時間を過ごすことができました。デザイナーのYさんは本当に真剣に僕の話を聞いてくれて、僕に対する質問も実に的確で、これなら信頼してお願いできると確信しました。第一案が完成する12月15日が今から楽しみです。また二人にお会いできることも楽しみです。
 新しいことを始めようとすると、日常が一変します。今まで会うこともないだろうと思っていた方々とお会いできる機会を得るようになり、出会いがまた新しい出会いを呼んで、本当に面白いことになっていきます。会うまではさすがに緊張することもあるのですが、会ってしまえば実に楽しい。このような経験ができるという上でも、新しいことに挑戦するということは意義のあることだと思います。
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